『ヤノマミ〜奥アマゾン 原初の森に生きる』トーク、国分拓×西村崇(@新宿バルト9)

2/6(土)より新宿バルト9にて1週間にわたり上映された「This is REAL 〜NHK-BSドキュメンタリー・コレクション〜」。これはハイビジョン制作されたNHKの傑作ドキュメンタリーをバルト9でデジタル上映しようというNHK初の試みで、「あのヤノマミが120分バージョンで見られる!」という噂を聞きつけ、早々に前売りゲットし、監督ティーチイン付きで上映された『ヤノマミ〜奥アマゾン 原初の森に生きる(120分版)』に行ってきました。

今回の劇場版は地上波放送時の倍、BS-hiで放送されたものよりも3010分長い120分という長尺だけあって、14歳の少女の出産が陣痛から2日かもかかる難産だったり、生まれた子を精霊のままバナナの皮に包んで木に吊すまでの間にやっぱりひと手間加わってたりと、地上波放送版ではぼかされたり省略されてた部分がナレーションや映像でハッキリ明示されていただけでなく、収穫祭で見せたコントみたいなやりとりに劇場のあちこちから笑い声がもれたり、香りのする草花を身に飾りオシャレにいそしむ少女たちや、仕留めた猿を手に得意げにカメラの前に立つ少年の姿に見てるこちらも心が和み思わず笑みがこぼれる一方で、テレビ版以上の衝撃映像にただただ凝視するしかなかったりと、より深くヤノマミの日常生活を堪能出来る内容となっておりました。ハイビジョン映像のデジタル上映だけに空がほんとに青くて、風景は素晴らしく美しかったです。こちらもいつの日か地上波で放送できたらいいのになあ(せめて全国の中学校に配って保健体育の時間にみせてあげて)。


前売りも完売し満席となった劇場では、上映後にティーチインが行われ、NHKの国分拓ディレクターと司会を務めるNHKエンタープライズの西村崇さんが登壇。時間は30分ちょいぐらいですかね。


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アマゾン最大の先住民族ヤノマミは、ブラジルとベネズエラにまたがる北海道ほどの広さの森の中に“シャボノ”と呼ばれる円形の集合住宅を作り、約2万人ほどが200の集落に分かれて暮らしています。今回取材した集落は、比較的外国人との接触もあり、ナイフや調理器具、男性の衣服(女性は半裸なのにほとんどの男性が膝までの短パンにサンダル履き)など近代的な物資がかなり生活に入り込んでいるにもかかわらず昔ながらの生活スタイルをいまもしっかりと維持しているというヤノマミの中でも少し特殊な集落だったようです。通常は近代物資が大量に入り込むと生活スタイルも一気に近代化に寄ってゆくものらしいのですが、そうならないのはひとえにこの集落を治める長老シャボリ・バタ(ドキュメンタリー内でヤノマミの世界観について語ってくれた人)の影響力によるものだろう言っていました。たとえば、数十キロ離れた近隣の集落(「北海道の広大な敷地に200軒の家が点在している様をイメージするとそれぞれの集落の距離感がわかりやすいかも」とのこと)では酒による諍いで1年にひとりふたり殴り殺される者が出ているが、この集落は酒を作る技術があるにもかかわらず長老の命によって酒造が禁じられており、酒によるトラブルというのはまず起こりえない。また近隣の集落では女を獲った獲られたで腕を切り落とされるような事件も起こっているそうですが、映像を見る限りそういう血気盛んな雰囲気は垣間見えず、国分ディレクターも「小さいケンカなら取材中もよく起こっていたが、皆から少し離れて森の中に入って言い争うようなことが多く、意見が対立しどうしても折り合いがつかないという事態におちいったとしても、個人の自活能力が非常に高いので、気に食わなければ集落を飛び出し自分で新しい集落を作ればいいという風に考えるから大きな諍いに発展しにくいのではないか」と語っていました。実際、ドキュメンタリーの中でも妊娠した14歳の少女の父が「娘がはらまされた」と怒って家族引き連れて集落を離れてしまっているし、こういう統制のしっかりとれた集落だからこそブラジル政府も取材先として紹介したのかもしれないなあと思いました。


短パンやサンダルといった近代物資は、物々交換で彼ら自身が手に入れてるものらしいです。「これは想像だけど…」と注釈をつけつつ語ってくれたのは、「ヤノマミが暮らす地域は常に暖かいというわけではなく、寒いときは明け方18度ぐらいになることもあって、長袖長ズボンの自分ですらハンモックにくるまっても寒くて震える時がある。そんな中彼らは裸で生活してるわけで、おそらく誰かが始めに短パンをはいてみたら思いのほか暖かかった。しかも狩りに出るとき腰紐だけの時よりナイフの携帯に安定感があり機動性に優れていた…なんてことがあって普及していったのではないか」と。「ただし、彼らは何か新しい物や人を受け入れる際に、それが集落に災いをもたらすものなのかどうかをとても気にする民族なので(実際取材初日にテレビクルーは「お前たちは味方か? 災いをもってきたのか? ナプなら殺すか?」と威嚇されてます)、例えばデジカメをAさんに渡してそれでBさんを撮ったらその後Bさんが怪我をしたとか偶然カミナリが落ちてきたなんてことがあれば、そのデジカメは“災いをもたらすもの”として排除されるはずなので、短パンだったりサンダルだったりという物資は受け入れても災いをもたらさないと判断されたからこそ、いま彼らの手元に残っているんじゃないだろうか」と推察してました。ちなみに欧米人から“最後の石器人”と呼ばれてるヤノマミもいまやほとんどが市販のナイフを使っており、集落によってはTシャツを着てるところもあるそうです。


ブラジル政府および集落の長老7人との10年にわたる交渉の末、テレビ局としては世界で初めて150日間という長期滞在による密着取材を許されたNHK取材班なわけですが*1、これまでヤノマミに接触してきたどの外国人よりも近いところまでいけた理由について、これまで直に彼らと接触をもったことのある外国人といえば宣教師、NGO、医療関係者といった人たちで、彼らは皆「白人」だったと。自分たちはヤノマミと同じ「モンゴロイド」で、他の外国人と比べると顔つきや体毛など明らかに異なっており、見た目から受ける親近感が大きく作用したのではないかと推察してました。それからこれは意外だったんだけど、研究者の間ではこういった民族の生活に入ってゆく場合、実は「男性より女性の方がキケンが少ない」というのが定説になってるらしい。基本的に女性は男たちにとって「大切に扱うべき存在」として認識されており、逆に男性は集落の女を奪いに来た「敵」とみなされ警戒されることが多いんだそうだ。取材にあたったスタッフは男性ばかりだったが、国分ディレクターを筆頭に皆40歳を越えており、幸か不幸か年齢的にヤノマミの性的対象からは外れていた。だから彼らにとって自分たちは「男」でもなく「人間」でもなく「人間以外の弱々しい存在」として認識されていたんじゃないかと。その話を聞いて、女性しか参加しない男子禁制の出産作業に男性であるテレビクルーがついていくことにヤノマミの女性たちがこれといって抵抗感を示さないのは「男」として見られていないということが逆に功を奏したのではないかと思ったり(ちなみに120分版では生まれた我が子を森に帰した女性(14歳の少女とは別の女性)から「(我が子を栄養にして育った)シロアリの巣を焼きに行くから着いてこい」と誘われ火葬に立ち会うシーンも収録されてる)。


撮影時は観察者としてその場に居つづけることを心がけ、「祭りに参加しないか」と誘われることもあったが、それは違う気がして断っていたそうだ。また150日という長期にわたって共に生活を続けていると、好奇心旺盛な子どもたちとの間には「ヤノマミ(人間)」「ナプ(人間以外)」という関係を越えたと思える瞬間が多少なりとも生まれてくるが、緊迫した状況が訪れると一瞬で線を引かれてしまうらしい。


「大人たちは亡くなるとどうやって葬られるのか?」という質問に、「生まれて10日あまりで亡くなった子はいたが、幸い成人で亡くなった人が滞在期間中に出なかったのでそれはわからない。聞いても教えてくれない」と答える国分ディレクター。ヤノマミには亡くなった人のことは忘れてしまう、思い出さないという習慣があるらしく、死んだ人のことは何も話してくれないんだそうだ。そういえば、ヤノマミには災いをもたらすものを排除する風習があるので、仮にもし取材中に誰かが亡くなるようなことがあった場合、災いを運んできたのはテレビクルーということになり、取材の継続は難しくなっていたのかもしれません(国分Dは特に言明してなかったけど)。


また今回初めてこの番組を見て「こんなのがよくテレビで放映できたな」と感心した観客から「番組を作る際に視聴者からのクレームなど考えたりしたのか?」と問われると、「放送を決めるのは自分じゃないのでクレームについては特に考えなかった。しかし現場で撮ってた自分自身が心身深く動揺した場面があるので、それを公共のテレビで放送して、たまたまNHKに見る気もなくチャンネルをあわせた人が見て精神的に強く動揺してしまったらどうしようというのは放送が終わったあともずっと葛藤してた部分だった。それで、放送後にたまたま吉田喜重監督とトークショーを行う機会があってこの話をしたところ、『人間社会で解決しえないことを出すのがドキュメンタリーだよ』と言われ、その言葉にようやく救われた気がした」と話してくれました。


「食事やバッテリーの充電はどうしたのか?」という質問には、食事については基本的にヤノマミからもらってたそうです。ただ彼らの食事は1日500キロカロリー程度(一般人の1食分以下)なので、2週間もしたらめまいがして歩行困難になってきたため、集落から数キロ離れたところにある政府が用意した診療所(といってもヤノマミが日常的に使ってるわけではなく、万が一近代医療による治療をヤノマミ自身が求めてきたときに応じれるように作ったんだそうです)に、ククレカレーやパスタや百均で売ってるようなパスタソースにカロリーメイトなどを隠して食べてたそうです。バッテリーの充電も診療所にあった太陽光発電機を使って充電してたそうです。ただ、取材用に使ってたのがごく小さなハンディカメラだったのでおもったよりバッテリーが消費せず、替えのバッテリーを10個もっていってそれぞれ1回ずつ充電しただけでことたりたそうです(ちなみに2007年11月から2008年12月にかけて4回にわけて取材したため、150日密着といっても連続ではなかったようです)。



・・・と、このあたりで時間がきてしまいティーチインはお開きとなりました。冒頭で「自分の中でもいまだ消化し切れてないことがたくさんあって、番組はそのもやもやした感触をあえてそのまま出すようにした」と語ってた国分ディレクターは、ティーチインの終わりに、妊娠・出産を経た後の14歳の少女や新たに臨月を迎えた別の女性などさまざまな女たちが川の中に入って作業をしてるラストのシーンについて触れ、「あの場面は実際に現場で見たときもそうだし、いまあらためて見ても、そこから受け取るのは一貫して未来へのポジティブな感情なんです」というようなことを最後に付け加えていました。おそらく、まあこれは想像ですけど「見た人の中にはあの場面にネガティブなものを読み取る人もいるかもしれないけれど、でもボクはそうじゃないんだよ。もっとポジティブな意味であのシーンをラストに挿入したんだよ」っていうことをこの場を借りて強調しときたかったのではないかなと思いました。


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尚、当日いただいた資料によると、国分ディレクターの書いたルポルタージュが3月下旬に発売されるそうです(全270頁 1600円 NHK出版)。これは非常に楽しみですね。記憶をたよりに書いてるトークレポだけでは心もとないので、詳しいことはこちらの本をお読みください(といってもまだamazonに反映されてねーし)。タイトルは「ヤノマミ」だそうです。


あと、「またやるとしたらどんなの見たい?」ってアンケート書かされたので、第2弾があるかもしれないです。お客さんもたくさん入ってたみたいだし。私はもちろんハイビジョン撮影の『日曜日は終わらない』をデジタル上映で見たいとリクエストしました。ていうか1回ぐらいNHKがちゃんと上映するべきだ(DVD出さないのなら)。


追記:ようやくamazonにも載りました。

ヤノマミ

ヤノマミ


更に追記:DVD発売決定!


*1:たぶんBBCやディスカバリーチャンネルあたりも狙ってたはずなんだよね