『アンテナ』トークショー、塩田明彦×黒沢清

上映後には塩田明彦監督と黒沢清監督によるトークショーが行われた。


※以下、映画の内容に触れながらトークショーは進むのでネタバレされたくない人は注意してください。


ホスト役を務めた黒沢清が開口一番に語ったのは、クライマックス・シーンについての解釈だった。実のところ「真利江を殺したのはいたずらしていた叔父だ」というのが失踪の真相らしく(劇中ではあいまいなままなので、原作ではそうなっているということか?)、黒沢監督自身、今日ここに来るまでそのことを知らなかったそうだ。で、このシーンについて自分の解釈がいかに間違っていたかを話し始めるのだが、これが幽霊に取り憑かれた黒沢らしい実に独特な解釈で非常に面白かった。黒沢監督が『アンテナ』のパンフレットに寄せたREVIEWを読んで「『アンテナ』ってそんな話だったっけ?」と頭に3つぐらい「?」マークが浮かんだ人も、これでスッキリすると思う(笑)。


黒沢監督は、「自分の過去について悩んでた加瀬君演じる主人公が、最後に妹を殺したのが自分だと分かって「ああ、良かった良かった」とホッとする、全然良くないのにホッとするというものスゴイ凄まじい映画」なんだと思ってたらしい。で、最後に弟と塞がれた窓を取り壊し外の光が部屋の中に入ってくるシーンを観て「いよいよ幽霊が出てくる」と思ったんだそうだ(場内爆笑)。自分が殺したことが分かったんだから、後は殺された妹が復讐にやってくるだけだろう、と。その復讐を家族が待ってるところで終わるんだから、これはすごい映画だ、と感心したらしい。しかし、どうやらそれは自分の間違いだと言うことが今日分かったということなんだけど、どうも納得いってない様が妙に可笑しかった。「黒沢さん、いくらなんでもそれはちょっと…」て感じで苦笑しながら聞き入る観客に「いやマジで思ったんですよね」と真顔で語りかける黒沢監督。「そう見えませんでした?そう見えましたよねえ」と同意を求められた塩田監督は、一瞬言葉につまりながらも「幽霊実在論を唱える黒沢としては幽霊が幻想であってはいけないというわけですか」とやんわり返す。


「そんな解釈をするのは黒沢さんだけだよ」という周囲の冷たい空気を察してか、矛先を塩田監督に向けようと、唐突にSM話を振る。「そっち方面に詳しいですよねえ?」と問われ「いや全然詳しくないです」と否定する塩田氏に、「でも『月光の囁き』とかねえ」とたたみ掛ける黒沢清(笑)。塩田監督の話によると、一番SMに詳しいのは『ドッペルゲンガー』の脚本を書いた古澤健で、「実体験はほとんど彼に聞いた」と*1。そう言いながらも、「SM嬢はどうでした?」と問われその描写に理路整然と疑問を呈してゆくさまは、やはりSM博士である(笑)。



私的には『アンテナ』におけるSM描写に非常に違和感を覚えたのだが、そこら辺を端的に説明してくれたのが塩田明彦であった。塩田氏が疑問を呈した描写は、<SM嬢としての立ち居振る舞い>と<SMの場が「精神治療や救済の場」として描かれていること>、この2点。


前者については、祐一郎の前に現れたナオミが挨拶代わりに彼の頬をひっぱたくシーンを例に挙げ、次のように語った。塩田監督によると、SMの女王様というのは、常に突発的に行動を起こし、次に何をするかというのを客に予見させてはならないんだそうだ。だから人をひっぱたくシーンを撮るなら、1(彼の前に現れる)→2(許可なく椅子に腰掛けてる彼の姿を見る)→3(ひっぱたく)、という順番では2のおかげで「あ、叩かれる」ということを祐一郎が予見し身構えてしまうためNG。行為と理由の関係性は後で教えた方が効果的なのだから、1(彼の前に現れる)→3(ひっぱたく)→2(彼の座ってた椅子を見る)、というのが正しい順番。身構える余裕を与えられたり技にキレがないとお客様は気持ちよくなってくれないんだと(笑)*2。もし先に理由を示すなら、「これからお仕置きしますよ」ということをはっきり示し、中途半端はダメ。


後者については、「もしかしたら原作がそうなのかもしれないけど」と注釈をつけながら次のように語った。この映画では、SMクラブを魂の救済や精神治療が行われる場所として描いているけれど、それは違うと。心的外傷をもった人がSMにはまりやすいという事実は確かにあるし、実際SMによって魂が救済されることがないわけではないけれど、それは快楽を追及した結果そうなることがたまさかあるというだけの話で、言い換えれば快楽の追求なしに魂の救済はあり得ないのだそうだ。そもそもSMの女王様というのは、客の無意識の欲望を察知しそれを現実の行為に変換してあげることで、お客様が欲する快楽を与えているのであって、形の上では女王様が全てをリードしているかのように見えても、実はそうではない。女王様の行動を導いてるのは客自身なのだという*3。そうやって客と女王様が互いに信頼しあい一体となって快楽を追求した結果、心的外傷が解消されることもありうるのであって、この映画のように初めから女王様が救済を目的として手取り足取り導いていたのではダメなんだそうだ。熊切監督がSMクラブのセットを十字架を飾った教会風にしてるのもやはり救済をイメージしてるからだろうと。「そういうプレーなんでは?」という問いに「それなら女王様がシスターの格好をするべきだ」と答える塩田氏は、「きっと熊切君はSMに興味がなかったんだろう」と少し寂しげ。


ただ、「SMシーンに漂う異常な空気」というか「震えるような緊張感」はいたく気に入ったようで、「この若さでこれだけのものが撮れるこの人はいったい何なんだ?」と。そして「熊切君に限らず、脚本を書いた宇治田君もこれから間違いなく出てくるだろうし、大阪芸大おそるべしですね。昔は立教系なんて言う人もいたけど、これからは大阪芸大系の時代が確実に来ます」と誉めたたえた。また、デビュー作『鬼畜大宴会』のファンを自称する黒沢監督も「頑張って撮ってますよねえ。まだ28才なのに、もう何本も撮ってる40越えたベテラン監督みたいに隙のない綿密な映画をよく撮ってますよ」と感嘆しつつも、「こんなことを心配するのもあれですけど、このまま巨匠になってしまうのもまだ早いなと。『鬼畜大宴会』のファンとしては、まだ若いんだから、またああいうバタバタと人が死にまくるイケイケの映画も作って欲しいんですけどねえ」と若手の成長にちょっと寂しげ。また自嘲気味に「自分が28才の頃は『ドレミファ娘〜』なんて勢いだけの映画を撮ってたんですけどねえ」と語り、「塩田はどう?」と振られた塩田監督が「僕が28の時は人生のどん底で、ちょうど区役所から税金未払いで財産差し押さえ通知が来てたころですよ。ほんとに食えなくて」と答えると「いまはすっかり裕福になられて」と『黄泉がえり』のヒットを指し羨ましがる。それに対し「やっと黒沢さんの学生時代のアパートに引っ越せた程度ですから」*4と切り返す塩田氏。とにかく二人とも『アンテナ』を観て熊切和嘉の監督としての実力というか才能にえらく驚いた様子で、特に黒沢監督は手放しで誉めまくってました。


で、塩田監督がもうひとつ誉めていたのが、撮影を担当した柴主高秀のこと。黒沢監督は、柴主氏に何作も担当して貰ってるのでいまいちピンとこなかったようだが、撮影は私も気になった。自分は画好きの割に、どこまでが監督が撮らせてる画で、どこからが撮影監督の手腕によるものなのか、いまだ区別つかないことが多いのだけれど、『アンテナ』を観てた時に強く感じたのは「この人にホラーを撮らせたい。絶対素質ある」ってことだった。観てる時は熊切監督にホラーを撮る才能があるんだと思ってたんだけど、柴主氏だと聞き「ああ、それでなのか」と湧き出た想いに納得*5。特に前半の家でのシーンはいいんだ。階段を舐めるようにカメラが下から上がっていくシーンとかね。秀逸なのは、玄関の格子戸がするすると開き、女の子用の帽子を目深に被った祐弥の姿が現れる、その一部始終を玄関にかかってる小さな丸鏡を通して見せているシーン。この丸鏡に映し出された格子模様がするすると流れてゆく様が生理的にものすごく気持ち悪いのだ。でも、演出でもホラー的にすごくいいシーンがあった。それは、階段を上ったところに首つりした叔父さんが寝泊まりしてた部屋があるんだけど、祐一郎がその部屋の扉を開けるまでの緊迫感は、「また叔父さんが首吊ってるんじゃないのか?」とものすごくドキドキした。


ネタバレ終了



黒沢・塩田両監督の近況については次のように語ってた。


黒沢監督は現在次の作品の脚本を執筆中。具体的なことはまだ特に動いてないといった状況。塩田監督は次回作の準備中。詳細については「あんまり詳しいことは話せないんだけど、『アンテナ』のプロデューサーである松田さんと組む。12才の少年少女が主人公で『害虫』をアップテンポにした感じ。ロードムービーというわけではないが旅もの」としか言ってなかったが、角川出版事業振興基金信託のサイトに詳しく載ってたので転載(ネットは恐ろしいねえ…笑)。『アンテナ』のプロデューサーでもある松田広子氏が第2回日本映画エンジェル大賞を受賞したカナリアという企画。

■企画名:『カナリア
■あらすじ:
12歳の少年が走っている。彼を轢きかけた車が急停車し、飛び出してきたのは手錠をされた少女だった。炎上する車をあとに逃げ出した二人の旅路が始まった。少年は妹を取り戻しにいくという。かつてカルト集団に属していた少年と、俗世をしたたかに生き抜いているひとりの少女が新たな「家族のかたち」をみつけようと駆け抜けるハイテンション・ロードムービー。『害虫』『黄泉がえり』の塩田明彦監督の新たな挑戦。
■キャッチコピー“12歳。まだ、世界は終わらない。”


現在、脚本は書き上がって印刷所に出してるところ。キャスティングが決まり次第、細部を手直しし初稿にするそうだ。クランクインは5月、クランクアップは7月を予定してるとのこと。ただ、塩田監督はものすごい雨男らしく、何も梅雨時に次回作の撮影をぶつけなくてもいいと思うのだが(しかも“旅もの”=ロケ多し)、全く撮影予定の無い“自称・晴れ男”の黒沢監督に「俺が撮影してるときに撮影してくれない?」と懇願してた。(追記:『カナリア』の続報はid:eichi44:20040531#p1参照)


塩田監督がどれほど凄い雨男なのかというと、『黄泉がえり』の撮影時、まったく違う方向へと進んでた台風を撮影中の九十九里浜に向けて直角に曲がらせたほどらしい*6阿蘇での撮影も全くのピーカン天気が「よーし、本番!」の合図と共にサーッと雲が出て雨で中断。しばらく待って雨も治まり、再び撮影を始めようとしたら、また雨。それを同じ日に3度繰り返した時はさすがに自覚したらしい。塩田監督の雨男ぶりは有名なのか、同時期に同じ山梨で『アンテナ』の撮影をしてた熊切組も*7、ロケ中に雨が降ると「また塩田組が撮影始めたよ」と言ってたらしい(笑)。黒沢監督も、『大いなる幻影』を2週間で撮ってた時、天気に恵まれ続けたにもかかわらず運悪く最後の1日だけ雨に降られ、近くで塩田監督が撮り直しをしてたらしいということを後で聞かされた、というエピソードを披露していた。

*1:黒沢監督と古澤健の関係は深く、『回路』や『大いなる幻影』では演出助手も務めてる。つまり、塩田監督としては「僕がSMに詳しいんじゃなくて、あなたの愛弟子の古澤君に教わったんですよ」という含みがあり、ああ言われたらこう言うで、互いに矛先を向け返しあってるさまが非常に面白かった

*2:それを聞いて「北野武監督のような演出がいいんですね。いきなり殴る、みたいな」と感心する黒沢清に、「そうです」と答える塩田監督。

*3:これには客席からも「へえ〜」と感嘆の声があがった。SMの世界は奥が深い。

*4:黒沢さんっていいとこの子なのか?

*5:柴主高秀はこれまでに『降霊』『リング0』『学校の怪談G』『学校の怪談〜春のたたりスペシャル〜』といったホラー作品で黒沢清、鶴田法男、清水崇という名だたるホラー監督の撮影を担当してきているから、ノウハウはばっちり

*6:撮影中、携帯の天気予報サイトを見て、さすがの本人もビビッたらしい

*7:山梨ではその当時、スーパーやらコンビニに「『黄泉がえり』エキストラ募集!」のチラシが貼られまくっていたため、塩田組が山梨で撮影していることを熊切組は知ったらしい