『ワラ番長』トーク、松重豊×古澤健×黒沢清

5/8(土)『ロスト★マイウェイ』上映前に松重豊×古澤健×黒沢清によるトークショーが催された。通路に座り込む立ち見客をかき分け席につく3人。


(追記:日本映画専門チャンネルのサイトで完全レポが載りました。こっちのレポは消そうかと思ったんだけど、まあ、こんな程度の精度ですよってことで比較のために残しておきます。)


古澤監督と西山洋市監督(『稲妻ルーシー』)の話を総合すると、『ワラ番長シリーズ』というのは、この二人がそれぞれ独自に持ち込んだプロットの存在から立ち上がった企画のようである。西山監督に関してはまた別の機会に書くとして、古澤監督の方は次のようなことらしい。



古澤監督は『ロスト★マイウェイ』の原型とも言えるプロットを数年前に書いていて、今回のプロデューサーに渡していたそうで、忘れた頃に「これって笑えるコメディだよね?」と訊かれ、「まあ、笑えないこともないですけど」と話したら、ちょっとしたシリーズ物の1作として映画を撮ることが決まり、完成した後に「君の作品は『ワラ番長』に決まったから」と唐突に言われたそうだ。「『ワラ番長』に出るって言われてどう思いましたか?」と問われた松重氏は「いや、僕も公開直前に知ったんで。でもそういうのはよくあることなんですよ。以前、古澤監督も参加されてる瀬々監督の『超極道』*1という作品に出た時も、撮影中はもっと渋いタイトルがついてたはずなのに、いつのまにか「松重さんって『超極道』に出演されてるんですよね?」と人から言われて「いや、僕はそんな作品に出た覚えはありません」ってなこともあったし。だから驚きはしませんでした」と答え、会場爆笑。


本作は、40過ぎて独身・金無し・女無しのうだつのあがらない中年オヤジ3人が、バンドを組んでメジャーデビューを目指すという話なのだが、松重氏を主演に選んだ理由について、古澤監督は「画面を埋め尽くすほどの存在感が欲しかったのと、こう言ったら松重さんには申し訳ないんですけど、主役がどんなやつかって考えた時に、自分自身をもてあましてるやつなんだろうなと。「40にもなってなんで俺はこうやって納得いかずに日々を過ごしてるんだろう」っていつも考えてるようなやつだろうなって思った時に、パッと浮かんだのが、何故か松重さんだったんです」と語り会場大笑い。複雑な表情の松重氏に「別に実際の松重さんがそうだってわけじゃなくて、見た目が・・・っていうとまた失礼なんですけど」と、フォローするほどドツボにはまる古澤監督。しかし聞いてるこちらとしては非常に説得力ありました(爆)。


残る二人のオヤジだが、まず、ギターの亮介を演じる安田尚哉氏。彼は監督の古くからの飲み友達で、本職はミュージシャン。ギター初心者という役なのでヘタに弾いてくれと注文を出したが、撮影後に呼び出しくらい「一応、俺ミュージシャンだからプライドにかけてヘタクソには弾けない」と泣きつかれ、唯一の経験者という位置づけに変更したそうだ。安田氏というのは味と色気を備えたいいルックスをしており、監督自身もそれで選んだんだろうけど、演技経験は皆無と言うことで、一緒に芝居をさせたらプロの役者である松重さんの足を引っ張るんじゃないかと、監督自身はとても心配だったらしい。そこで撮影に入る前に近所のジョナサンに呼び出し本読みを行ったそうだ。当初、安田氏の台詞は標準語で書かれていたが、関西弁しか喋れないということで台詞を書き直してるうちに、だんだんと安田氏もノってきて、「この役はこんなこと言わないんじゃないか?」といろいろアイデアを出してくれ、その都度書き換えていったそうだ。ところが熱が入りすぎ松重さんの台詞にまで口を出してきたので、さすがにそこは「僕にも演出プランがありますから」と頑なに拒否したらしい。


残る一人が、ボーカルの信平役を演じる植田裕一氏。監督がたまたま観に行った舞台に出演しており「この珍獣を世に出さない手はない」と強い衝撃を受けたのがきっかけで信平役に抜擢。その後経歴を聞いて、Vシネや清水崇監督の作品*2にもちょろっと出てたことがわかったらしい。出ずっぱりなのは今回が初めてとのこと。


キャスティングは監督の思い通りに進んだのだが、役者としてまだあまり知られていない二人を、ベテランで売れっ子の松重豊にガチで組ませることについて、監督自身は「失礼に当たるんじゃないか」と内心ヒヤヒヤだったらしい*3。松重氏は「いやいやいや、僕もベタで出ることの少ない、パートタイムな役ばかりですから」と恐縮しまくり、「二人のシーンはすごく面白くて、俺いままで何やってきたんだろうと、かなり嫉妬しちゃいました」と答えていた。しかし、自分も何かやらなきゃとちょっと小芝居入れると、すぐ「それはやめてください」と監督に封じられるので、「どんどんどんどん傷ついていった」らしい(笑)。監督としては、松重さんにはここはぐっとこらえてもらい、後ろでどっしり構えつつも、でっかい身体を居心地悪そうにちょこんとさせながら、はしゃぐ二人の背を見て「ここ俺の店なのに*4、勝手にはしゃぎやがって…」という感じを出してもらいたくそういう演出をとったんだそうで、それは見事に成功している。
本作でドラムに挑戦してる松重氏だが、ドラムを触ったのはこれが初めてとのこと。面白くて家で練習に励んでたら、妙にうまくなっちゃって、おかずなんかも入れだしたら、これまた小芝居同様、監督にばっさり削られたらしい(笑)*5


劇中で使われてる楽曲については、当初「ボーン・イン・ザ・USA」を使うつもりだったのが版権の関係で断念。最終的には野坂昭如あぶらだこ、ばちかぶり、そして古澤監督のよく知るバンドのオリジナルを使ったとのこと。


黒沢監督はロケーションが気に入ったらしく、適度に田舎の風景なので「泊まりですか?」と訊いてたが、日帰りでいけるとこなんだそうだ*6。古澤監督曰く、泊まりで行くような場所でのロケが大変なのは助監督やってた時に身に染みており、ロケーションに関しては最初から諦めていたけれど、そんな弱気な心を助監督*7から叱られて、「ちゃんと自分のやりたいところでやれ」とケツ叩かれたそうだ(エエ話です…涙)。「1,2,3と番号を書いたハイエース3台に皆で分乗し通った」と聞き、「青春ですねえ」と感じ入る黒沢監督。


*
古澤監督から、黒沢監督との関係について振られ「それまで舞台をずっとやってて映画デビューが黒沢監督の『地獄の警備員』ASIN:B00005MIHA)でした。それがかれこれ12年前」と答える松重さん。黒沢監督に初めてあったのは『地獄〜』のオーディションの時だったが、いきなりゴヤ我が子を喰らう絵を見せられ「こういうことなんですよ」と言われた時は、何がこういうことなのかさっぱりわからなくて、「もっと映画のこと勉強しなきゃだめだなあ」と凹んだらしい(笑)。その後青山真治監督の作品に出たり、門下生である古澤監督のデビュー作に出ることになり「今この場にこうやっているのも、なんか12年かけて一回りしたってかんじで不思議ですよねえ」と感慨深げに語った。



松重さんから「ここまで古澤監督を引き立てられてきた理由は何か」と問われ、「なんとかこの才能を商業映画の場でも生かせないかなあと思って」と答える黒沢監督。美学校の1期生には古澤監督の他に『呪怨』の清水崇監督もいるのだが、「彼も何とか…」と思ってたら、あっという間に自分を飛び越えてハリウッドへいっちゃったと(笑)。「同期だけに気になったりするんじゃないの?」と問われた古澤監督は、「正直、酔った勢いで懇意にしてるプロデューサーに気持ちをぶちまけたこともあったけど、「安心しろ。同じ教室から2人もハリウッドには行かない。お前は日本で頑張ればいいんだ」と言われ妙に納得したら、すっと肩の荷が下りた」と答えていた。それに対し「清水も中途半端なんですよ。僕もこないだ現場を観に行ったけど、ハリウッドって言っても撮ってるのは東京の撮影所ですから」と妙なフォローを入れる黒沢清に場内爆笑。何にせよ、教え子が巣立っていくのは嬉しくもあり寂しくもありといったところらしく、とりあえず一人前になるまでは気になって気になってしょうがないとのこと(だから事ある毎に自分の現場に呼び寄せるのだろう)。今回『ロスト★マイウェイ』によって晴れて卒業となった古澤監督から「いままでご心配をかけましたが僕もようやく生まれたての子鹿のようにプルプルと立ち上がることができました」と巣立ちの言葉を述べられ、なんだかしんみりモードになる黒沢監督。ところが「卒業したらこれからは監督どうしってことですよね?」と松重さんに問われると、急に目の色変わって「まずいですよね」と一言(笑)。それ聞いて「僕ももはや潰されるんじゃないかと…」と怯える古澤監督に「今日で最後だね」とばっさり決別宣言(笑)。「育つまでは心配だけど、育ったら抜かないでね」というのが本音だそうで、現状を「芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のようだ」と評していた。「自分が必死になってのぼってきた蜘蛛の糸なのに、ふと下を見ると、青山真治やら清水崇やら古澤健やらがいっぱいついてきて、でも「これは僕の糸だ!」って叫んだ瞬間、プツッと切れるのが怖くて、言わずにこらえてる」という状態らしい(笑)。「また共同脚本で関わるようなことはあるんですか?」という松重さんからの問いに、「敵ですから」と答える黒沢清であった。



近況の話になり、「現在崔洋一監督の『血と骨』の撮影中です」と答える松重さん(役作りのためか丸坊主でした)。古澤監督は映画の方ではいまのところ特にないそうで、「脚本がひとつ書き終わったので夏にはクランクインできるかも」と黒沢監督が答え、この日のトークショーはお開きとなった。



尚、このトークショーの模様はビデオカメラで撮影されていたので、そのうちスカパーの「日本映画専門チャンネル」で放送されるかもしれない。見れる人はそちらでこのやりとりを堪能されたし。(※曖昧なところはあまり書かないようにしてるんだけど、もし記憶違いがあったら指摘して頂けると嬉しいっす。)


*1:哀川翔主演の極道ものVシネマ。監督・脚本は瀬々敬久古澤健は共同脚本として参加。

*2:去年、シネマ下北沢で上映された短編怪談オムニバス『幽霊VS宇宙人』の一編 『怪猫 轢き出し地獄』

*3:実際はそんなこと全くなくて、同年代ということもあり(安田さんはちょっと上)、撮影中は映画さながらに3人で青春しちゃったらしい。(松重・談)

*4:バンドの練習場所が、松重演じる田宮吾郎の経営する中古車販売所の一角という設定になっている。

*5:“40歳にして初めてバンドに挑戦”という設定なので、上手くなられたらしゃれにならんてことです。

*6:ロケ地のどっかは千葉。

*7:クレジットによると、助監督を務めていたのは“風景の瀬々”と謳われる瀬々敬久監督の助監督を長年やってた“ピンク七福神”の坂本礼監督。