『ワラ番長』トーク、塩田明彦×安里麻里

5/2(日)『独立少女紅蓮隊』上映前に『ワラ番長』シリーズの監修を担当した塩田明彦監督と、『独立〜』を撮った安里麻里監督によるトークショーが行われた。


安里監督を観るのは初めてだったが、撮影中、津田寛治から「バンビちゃん」と呼ばれてただけあって、目のクリッとしたパッと見可愛らしい顔立ち。しかしアクション好きという趣味嗜好のせいか、眼光鋭くパンキッシュで男前な監督だった。
安里監督は、97年、まだ映画美学校アテネフランセで「映画技術美学講座」と名乗っていた頃の第1期生であり、塩田監督の『害虫』『ギプス』、黒沢清監督の『大いなる幻影』にもスタッフとして参加した経歴を持つ。美学校にいたときはまだ大学生で、当時からアクションを撮る人だったという。課題で5分の短編を撮らせたところ、『醤油ショック』というタイトルの近未来モノを撮ってきたのだが、先に観た黒沢監督から「安里の作品を見たら、塩田、正直驚くぞ」と言われたほどの出来だったらしい。内容は最上級の醤油を争奪すべく皆が争うというもので、もの凄いガン・アクションだそうだ。実際に観た塩田監督も「大学生でしかも女性がこんなアクションを撮ってくるとは!」と当時他の講師陣と一緒になって驚いたとのこと。


何故アクションを撮るのか?という問いに、「別にアクション映画ばかりを見てるわけではないが、どんなジャンルの映画を観ていても、決まって自分は人が何かしらのアクションをしてるシーンに反応してしまう。そのため、自分で映画を撮ろうとすると、どうしてもアクションのオンパレードになってしまうんだ」と答えていた。そんな彼女が作った本作『独立少女紅蓮隊』は、もちろんアクションシーンてんこもり。しかもこれ、実体験を元に作ったそうで、塩田氏も「え!?」と一瞬固まってた。


沖縄出身である安里監督が、大学進学のため東京に出てきたのは、安室奈美恵を筆頭に沖縄アクターズスクール出身の子らが一世を風靡してた頃だった。渋谷交差点の街頭ビジョンで安室奈美恵のPVを観た安里監督は、直感で「これは暗号だ! 暗号を受けている!」という同郷人にしかわからないアイデンティティみたいなものを受信。この感覚を何とか映画の題材にいかせないかと思い温めていたそうだ*1


その話を聞いて思い出したそうだが、塩田監督自身も、『女囚サソリ』シリーズや格闘技の話に熱くなるだけあって、『独立〜』と似たような発想のプロットを80年代半ばに本気で考えたことがあったそうだ。当時、新日にレッドブル軍団と呼ばれるロシア人レスラーが大挙参戦しており、やつらが繰り出す関節技が実は暗号で、時同じくしてロシアからやってきた47人のオーケストラが(もちろん楽器ケースに忍ばせてるのは銃火器)、レッドブル軍団からの指令を受け、コンサート中に客席に向かって銃をぶっぱなすと、まあ、こんな内容だったらしい。実際には現実に負けて映画化に至ることはなかったが、昔の自分が出来なくて諦めてしまったことを、若さ故の勢いなのかあっさりと実現させてしまってる安里監督は、塩田氏にとって“ありえたかもしれない自分”を見てるような近親感を覚えるとのこと。


主演の東海林愛美について塩田氏が問うと、オーディションで初めて彼女を見たとき、非常にか細い印象だったので、ここからどう芯の強い女に仕立て上げたらいいものかと監督自身少々不安だったらしい。ところが主役に決まった瞬間から、みるみる顔つきが変わり、最終的にはイメージ通りピタッと役にはまってくれたので彼女を選んで正解だったそうだ。ただ、うまくいったのは、ダンスやアクションのための練習期間を撮影前に数日間設けることができたことが一番の要因かもしれないとも言っていた。練習当初は、東海林ではなく他の子がリーダーシップをとっていたのだが、それではいけないと思った監督は、ことあるごとに「あなたが主役なんだから、あなたがまず率先してやりなさい」と何をやるにも東海林に一番にやらせ、主役として、グループのリーダーとしての自覚を促してきたそうだ。


それを聞いた塩田氏は「うまいやり方だよね」と誉め、「美学校では役者やスタッフとのコミュニケーションの取り方までは教えない。何故ならそんなものは監督によって千差万別で一般化することは不可能だからだ」と続けた。その上で「結局は安里さんに元々そういう資質があったってことなんだけど、助監督なども経験しているし、現場から学んだ部分もあったりするの?」と問いかけた。すると意外にも「『害虫』での経験がヒントになった」と具体的に答える安里監督。「俺は何もしてないよ。キャスティングで90%は決まるんだから」と返す塩田氏に、あの作品も前段階で既に映画の中と同じ関係が女の子たちの中に出来上がっていて、それを見た時「前準備の段階で関係を作っておくというのは大切なんだな」ということを学んだと答えていた。
『害虫』において宮崎あおいが演じた役というのは、クラスの女の子から浮いた存在であり、蒼井優演じる夏子が何かと世話を焼くという関係だったが、その関係は撮影に入る前段階から既に出来上がっていて、塩田監督もそれには驚いたらしい。共演する他の女の子たちが主役である宮崎あおいを意識しすぎて話かけられずに遠巻きに見ている中、彼女たちの間に立って、場を盛り上げようと健気にコミュニケーションとっていたのが蒼井優だったそうだ。


監督をやっての感想を聞かれ、「スタッフの時はもっと監督のためにこうやれば良かったとかいろいろ思ったのに、いざ自分が監督になったら、そういうスタッフの苦労も忘れてわがままばかり言ってしまった」と答える安里監督。それに対し「監督がわがままなのは悪い事じゃない。ただそれが許されるのは、監督の人徳ではなく、それを撮りたいという欲望の強さにほかならない」とフォローする塩田氏。「黒沢組や塩田組にスタッフや助監督という立場で関わり、予算の壁にぶちあたっていろいろなものを諦めてきた監督の姿も目の当たりにしているだろう。それなのに初志貫徹できたのはどうしてなのか? 自分たちの姿を反面教師にしてる部分もあるのか?」という氏からの問いに、「最初にやろうと思っていたことが徐々に削られてダメになってゆくと、なんのためにそのシーンを撮りたかったのかという根本的な部分をどんどんみんなが忘れていってしまう状況があって、それが自分は嫌だった」と答える安里監督。元助監督からの思わぬ言葉に、これはちゃんと説明しとかなきゃまずいぞと思ったのか、「人によっていろいろなやり方があるから…」と前置きした上で、塩田監督は自身のやり方について次のように説明した。


塩田監督にとって脚本というのは、映画を撮る上での単なるジャンプ台に過ぎず(他人の脚本はまた別…)、紙の上に書かれたことをそのままなぞることが最終的な目的ではない。例えば現実的な問題によって撮るはずだったシーンが撮れなくなったときに「はい、わかりました」とあっさり諦めることができるのは、拘りがないからじゃなく、それを乗り越えるための全く新しい、且つ、前のものより格段に良いアイデアを思いつくだけの自信が自分にはあるからなんだそうだ。ただ一緒にやってるスタッフはそういう自分の姿を見て「え?監督はこれがやりたかったんじゃないの?」ととまどい、「そのシーンを撮るために大変な思いで準備してきたのに、肝心の監督にあっさり折れられたら俺たちどうしたらいいんですか」と言われることもあって、予算をオーバーしてもやり続けることが必ずしもいいわけじゃないし、自分はそれ以上のアイデアを出せるからと言い聞かせることもしばしばだという。だから安里監督のように、限られた予算の中で自分が最初にやりたかったことをビックリするぐらいにまっとうできるのはすごいことだと感心していた。自分や黒沢清、『ロスト☆マイウェイ』を監督してる古澤健のように、決められた予算の枠に合わせて勝負をかけるタイプ*2とは違う。こういう若手にどんどん出てこられると自分の職を脅かされるというか、自分もちょっとは見習わないといけないかなと反省する面もあると言っていた。



最後に近況の話。安里監督は現在『ホラー番長』シリーズの助監督をやってるそうで、現場泊まり込み状態でもう4日間家に帰ってないそうだ。今日も現場を抜け出してトークショーにかけつけたそうで、このあとすぐまた戻らなきゃいけないとのこと。また。8月にテアトル池袋でレイトショー公開される予定の日野日出志原作オムニバス・ホラーの一本を撮ることが決まっており、近々その撮影に入る予定。塩田監督の方は、5/10から次回作『カナリア』の撮影に入り、1ヶ月ぐらいで撮り終えたあと、7月後半完成を目指すと言っていた。


また、「映画の授業〜映画美学校の教室から〜」(ISBN:4791761162)という美学校での授業を採録した本が出たので、良かったら買ってくれと宣伝していた。


以上、30分という時間の割に、監督VS助監督の本音対決なども垣間見えて、なかなかに充実したトークショーだった。



*1:街頭ビジョンを通じて女スパイたちに指令を送るCocoeという人気歌手が安室奈美恵で、ユキ、ミキ、サキと名乗る女スパイたちがMAXなのだろう。

*2:確かに黒沢監督なんかは、晴れのシーンで雨が降っても「晴れるまで待つんだ!」ではなく「そのままいきましょう。なんとかなりますよ」ってタイプだった気がする…。