『オトシモノ』公開記念イベント「ジャパニーズ・ホラーの行方」トーク、黒沢清×古澤健

8月にアテネフランセ文化センターで行われたトークショーのレポ、、、にはほど遠い覚え書きです。微妙に頭ボーッとしてたんで「だいたいこんなニュアンスのことを喋ってたよ」程度に思っといてください。


トークは1時間ぐらい。断片的にしか覚えてないんで、インタビュー等で喋ってる内容は省き、その他気になったところだけメモ代わりに残しておきます。


まずは、何故“松竹”なのか。今回松竹でホラー映画を撮ることになり個人的に一番気になってたのがこの点で、松竹がメジャー系ホラー映画を製作すること自体珍しいのに、両者の接点が全く見えない中「見も知らぬ新人をいきなり使うのはどうしてなんだろう」と不思議に思っていたら、監督曰わく「以前に松竹が製作した『MOON CHILD』でメイキング編集を担当しており、その時に松竹のプロデューサーと知り合った」と。つまり見も知らぬ仲ではなかったわけだと納得。制作に携わったのは黒沢映画や瀬々映画でお馴染みツインズジャパンなので、個人的にはそのあたりからの後押しもあったのでは?と思ったり。


実は以前、ワラ番長トークショーに登壇した塩田明彦監督が「俺とか黒沢さんとか古澤は決められた予算の枠に合わせて勝負を賭けるタイプ」と言ってたことがあり、今回、名指しされた当人である古澤監督から「予算」にまつわる話がいろいろと聞けたのは非常に有意義だった。古澤監督曰く、助監督時代のくせで予算や撮影期間といったものがどうしても気になってしまい、長編デビューとなった『ロスト☆マイウェイ』のロケハンでも、納得のいくロケーションが見つからず、このままじゃ今後の日程に差し障ると諦めかけたら「そういうのは監督が考えることじゃないから」と助監督に叱咤されたなんて話や、ホラー映画が好きな割にこれまでほとんど撮ってこなかった理由を問われて、友人と8mm回してた当時は自主映画の予算規模で自分が撮りたいモノを実現させることははなからムリだろうと諦めていたなんて話をしていて、周りからのプレッシャーというよりまず監督自身がかなり予算という枠に「縛られてる」といった印象を受けた。ただし、この日上映された監督作*1を観る限りじゃ、作品規模に合わせた物語の作り方が上手いのか、「予算がないのでこれぐらいのことまでしか出来ませんでした」というような過不足感、バランスの悪さといったものは見受けられず、塩田監督はこのあたりの配分やバランス感覚も含めて「枠に合わせて勝負を賭けるタイプ」と言ってるのかなあなどと思ったり。今回メジャーの松竹でホラー映画を撮ることになり、新人にしては結構な予算を獲得していたこともあって、どうやって松竹に出させたのかと思ったら、監督曰く、当初予定していたことが予算等の都合で「あれもダメ、これもダメ」と撮りながらどんどん削られ結局何もできなかったということになるのだけは嫌だったので、この話を持ちかけられた時に、まず、自分はこういうことがやりたいんだがそれは予算的に可能かどうかということをプロデューサーに事前に確認してもらい了承を得られたから引き受けたというようなことを話しており、今までの流れからみてもあらかじめ防衛線を張っておくとは非常に監督“らしい”やり方だなあと感心した*2


今日のテーマでもある「ジャパニーズ・ホラーの行方」について、古澤監督は、『リング』で大ブレイクした“白い服着た髪の長い女の幽霊”がいまだ求められるけどそれは清水崇の『呪怨』で行き着く所までいってしまったのであれ以上はやりようがないと語っており、その点については個人的にも深く同意。「でもああいうのはそれこそお岩さんの時代からいたんじゃないの? 今と昔では何が違うの?」という黒沢監督からの問いには、怪談話に出てくるような昔の幽霊は、かつて人間だったものが酷い死に方をして恨み辛みをもって化けて出てくるため、ただ怖いだけじゃなく、そこにもの悲しさといった情感をも併せ持っていたが、鶴田法男、高橋洋といった人たちが築きあげてきたいまJホラーで多用されてる幽霊は、何を考えてるのか分からないこちらの理解を超えた得たいのしれないモンスターとして出現してきており、もしかしたら幽霊という媒体を借りて何か別のものをそこに表現しようとしているのではないかというようなことを話していました(※ここら辺ちょっとうろ覚え)。また、いまは確かに《Jホラーブーム》と呼ばれるぐらいたくさんのホラーが日本で量産されているけれど、かつて自分が80年代に体験した頃のホラーブームに比べると多様性が無く、本当の意味でのホラーブームはまだ日本には来てないのではないかとも話しており、韓国の『グエムル』やイギリスの『ディセント』などの名をあげ、外国では怪物や地底人など幽霊以外のモノも恐怖の対象となっているが、日本では観客以前にまずお金を出す人たちを説得する際に理解させやすいということで「ホラー映画といえば幽霊モノ」と安易に落ち着いてしまう傾向があって、そこを突き崩すのが大変だと。監督自身も先日プロデューサーにダメ元で「次は宇宙人モノがやりたい」と言ってみたそうだが、はなから冗談だと思われてしまい、すぐその話は引っ込めてしまったらしい。しかし、宇宙人モノを撮りたいという気持ちは本気なので「自主映画という形でも作る予定で準備を進めてる」と語ると、黒沢さんが「それ見せていい反応が得られるといいですよね」とサラッと返すもんだから、思わず聞いてるこちらも目から鱗がポロッと落ちてしまった。メジャーデビューした監督が自主映画を作る場合、金はかけられない代わりに規制にとらわれることなく好きなように作品を撮れる、言わば「欲求の吐け口」みたいなイメージがあって、そこで作った作品をデモテープ代わりにして再度売り込めっていう「口で言って伝わらないなら実際に作って見せてみろや」という発想は今まで持ったことがなかっただけに黒沢監督の言葉はとても新鮮に響いてきました。でも言われてみれば清水・豊島組の『怪奇大家族』だって、たまたまテレ東のプロデューサーが下北で上映した自主映画『幽霊と宇宙人』を観ていたからオファーがきたわけで、「さすが黒沢清。言うことが違うなあ」と改めて感心しました。


いずれにせよ、怪物、宇宙人、地底人といった幽霊以外のものを恐怖の対象としたホラー映画が今後日本でも作られるかどうかはこれから上映される『グエムル』のヒットにかかってると語る古澤監督。その言葉を聞き、「自分も怪物映画を撮る日がくるかもしれない」と返す黒沢清に「おお!」と思わず身を乗り出したが、これが話の流れでそう言ったのか、かつて第一稿まで書き上げてお流れになった幻の怪物映画『水虎』を思い浮かべながら言ったのかどうかは判別できませんでした(苦笑)。


律儀な黒沢さんが司会・進行を兼ねていたためトーク中は聞き役に徹してしまいなかなかうまいこと「師弟対決」という構図に至らなかった本日のトークショーですが(これが塩田監督だったら司会そっちのけで持論まくしたてるから必然的にトークバトルになるんだけどね。笑)、そこら辺を察した古澤監督が黒沢ファン向けに気を利かせてうまいこと誘導してくれたおかげで(?)、最後の最後に、自分を踏み台にして羽ばたいていった幾人もの弟子たちの下手攻撃に一矢報いる自虐発言を黒沢監督から引き出し、本日一番の爆笑を誘ったところでこの日のトークショーはお開きとなりました。


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ちなみに9月2日に公開された『グエムル』の興行成績ですが、中央日報の情報によれば、アジア各国で善戦した本作も唯一日本でのみ苦戦という結果に。250スクリーンで公開されたにもかかわらず、1週目で7位、2週目で10位、3週目には圏外落ち。日本興行失敗は公開と同時に浮上したひょう窃論議嫌韓流、韓国と日本の文化コードに対する指摘もあるが、 日本映画界に詳しい映画関係者は「『グエムル』は韓流スターを前面に押し出さず、怪獣映画として日本に広報された。 しかし日本で怪獣ジャンルはマニア層が存在するが、彼らの期待心理を充足させることができなかった。 彼らはグエムルが遅く登場し、英雄や自衛隊にやられるという従来の怪獣映画の公式と『グエムル』の違いを受け入れることができなかった」と説明してるようで、文化コードの違いならまだしも「従来の公式との違いを受け入れることが出来なかった」ことが失敗の本質だとするならば、道はかなり遠く険しい。。。


*1:『home sweet movie』『怯える』『ロスト☆マイウェイ』

*2:その割に出来上がった作品は監督にしては珍しくバランスの悪い作品に仕上がっていたので《メジャー》っつーのは難しいもんです。