『青の塔』トークショー、斎藤環×中村佑介

観に行ったのは昨年の7月下旬。猛暑からくる体調不良でレポ保留のままにしてたトークショーなんだけど、大掃除してたらトークショー直後に書き出しておいたメモが見つかったので、今更だけどUPしてみます。


映画の詳細は以前の日記を参照。《ひきこもり》を題材にした作品です。監督はTVドキュメンタリー出身の坂口香津美(『カタルシス』)。


この日のトークショーゲストは精神科医斎藤環と、本作の主演俳優であり、自らもひきこもりの経験を持つ中村佑介の二人。観客の中には、実際にひきこもりを抱えた親御さんたちも多数観にきていたので、必然的にひきこもりについての話が多くなっていった。


まずは斎藤氏から「僕には良い映画かどうかの指標のひとつとして寝なかったかどうかというのがあるんだけど、この映画は決してドラマチックな映画ではないが眠くなることなく最後まで楽しめた。ひきこもりの描写に関しては非常にリアル」という感想が述べられた。斎藤氏によれば、《ひきこもり》が世間に認知されたのは最近だそうで、ひきこもりの症例というか状態自体は70年代からあったけれど、これまでは皆ひきこもって姿を見せなかったので、なかなか認知されなかっただけらしい。ところが2000年の事件*1をきっかけに最もホットな問題となり、NHKによってひきこもり撲滅キャンペーンが張られたが、「今はやや下火になりかけ、現在の話題は《ニート》に移行している」とのこと。現在ひきこもりを抱えた家庭は約41万世帯。ただ、この統計から単純に「41万人ひきこもりがいる」というわけにはいかないそうで、一世帯に2,3人ひきこもりがいる家庭もあるらしい。斎藤氏は「ひきこもりは本人も辛いが家族も辛い。しかもお互いに辛いのにその辛さを共有できない。断絶している。僕の仕事は、まずその断絶を埋めてあげること。外に連れ出すのはその次だ」と強調していた。


次に主役のトオルを演じた中村佑介氏が自身のひきこもり経験について語った。彼が初めてひきこもったのは小学6年の時。理由はよくわからないけど、なんとなくひきこもりになったそうだ。中学はほとんど行かず、高校生になってまた学校に行きだしたが、3年間のうちちゃんと行ったのは半分ぐらいで、またひきこもる。そんな時に映画出演の話をもらい一端は表に出たにもかかわらず、撮影後はまたひきこもってしまったそうだ。現在、また表に出て学校にも通い始めたという中村君は「結局三回ぐらいひきこもりを繰り返してる」と話してくれた。


斎藤さんが映画出演の経緯について尋ねると「たまたま坂本監督が自分の通ってる高校にドキュメンタリーの撮影に来てた。映画を撮りたいんだけど誰かいい人いない?って時に、自分を紹介した人がいて、話がきた」と語る中村君。「迷いはなかったのか?」という問いには「全然なかった」と答えていた。ひきこもってる時期だったので、自分でもこのままじゃダメだなという思いが強かったし、何かのきっかけになればいいなと思いすぐ引き受けたとか。「作品を観てどうか?」という問いには「この映画はナレーション*2が多いんだけど、これは自分の中で考えが堂々巡りをしてる状態。あんなんじゃひきこもりから抜け出せるわけがない」と答える中村君。また「ひきこもってる時って、コミュニケーションが極端に二元化する。全く他人を受け入れないか、逆に自分の心情を何でもかんでもさらけ出してしまう。この映画には、なんでもかんでもさらけ出している状態の自分がいる。だから、これを観てひきこもりたくなる人が出てくるんじゃないかと不安」とも答えていた。最後の言葉に引っかかった斎藤氏が「どうしてそう思うの? 先日も『バトルロワイヤル』を観たせいで事件を起こしたなんて言われるようなことがあったけど、フィクションが実際の行動を駆り立てたなんてことは現実にはほとんど起こりえない」と更に深く突っ込むと、「自分自身がこの映画を観てると自分の中にあるひきこもりスイッチを押されるので、他の人ももしかしたらそうなるんじゃないかと思った」と答えていた。


「一度ひきこもりを経験した人が観ると、スイッチが押されて、またひきこもりたくなるかもしれないということだね」と中村君に確認し、次のように語り出す斎藤氏。「ひきこもりは一度目より二度目の方が立ち直らせるのが困難。一度希望の光を見た後で再びひきこもると、今まで自分のしてきたことが全て無駄なように思え、より深い絶望を感じる。ひきこもらない状態をいかに長持ちさせるか、それが大事」。


「ひきこもりから立ち直るにはどうしたらいいか」という斎藤氏からの問いに、自分が心がけていることを語り始める中村君。まず一つ目は「自分の責任は自分が引き受ける」。なんでもかんでも人のせいにするということは、自分が責任のとれない人間だと言うことを自ら言ってることになる。二つ目は「礼儀正しくする」。これは人と適度な距離をとるのに有効。親しくなりすぎると、かえって自分の言いたいことが言えなくなる。三つ目は「完璧主義にならない」。これら中村君の言葉を受けて、斎藤氏から一言、注意事項が言い渡された。「非常に説得力のある言葉だけど、いま言ったことを家に帰ってひきこもってるお子さんに『こんな事を言われた。あなたもこうやればいいのよ』とは言わないでください。これは自ら気付くことに意義があるのです」。


最後に、観客からの質疑に答える時間が設けられた。
質問1「うちの子は四六時中テレビゲームやインターネットをしている。端から見るとすごく楽しそうで、ひきこもりで苦しんでいるのか、単なる怠け者なのか分からなくなる時がある」
中村「テレビゲームだけで楽しいのはせいぜい1ヶ月ぐらい。充足感を伴わない表面的な楽しさだから」
斎藤「それはお子さんが本当の姿を見せてないだけ。まずはお子さんとの信頼関係を築くことが大切」


質問2「うちの子は学校で他人と衝突するとすぐひきこもってしまう。しばらくするとまた学校に行き出すのだが、衝突するとまたひきこもってしまう。その繰り返し。なんとか助けてあげたいのだが、こういう場合、子供は親にどうしてほしいのか」
中村「僕にはわからない」
斎藤「自ら学校に行こうという意思があるうちは、親は先回りをしてはいけない。行く道を舗装してあげるようなことはしてはならない。聞く耳さえあればいい」


そして最後に斎藤氏から親御さん達へ次のようなアドバイスがあり、今回のトークショーはお開きとなった。「親御さんに大事なのは余裕を持つこと。ひきこもりの家庭は親も子供もひきこもりのことばかり考えすぎる。親は子供の姿を見るたびにお小言や説教をしたくなるものだが、絶対してはならない。今の状態がダメなのは本人が一番よく分かっている。だから、プレッシャーをかけるようなことをしても、断絶が深まるだけ。映画を観たり旅行に行くなど、何か別のことをして心に余裕を持ってください」。

*1:新潟の少女監禁事件(1月)、佐賀のバスジャック事件(5月)など

*2:主人公のモノローグ