『TAIZO』を観た(@シネ・ラ・セット)

観てきました。客は10人ぐらい。20代の男女、といった客層。


『TAIZO』 12/13(土)〜2/20(金)まで(1/30からはモーニングショー)


【監督】中島多圭子【製作】奥山和由【出演】一ノ瀬信子/赤津孝夫/井川和久ほか【ナレーション】坂口憲二/中島多圭子/川津裕介【音楽】深町純
90min/2003年
□上映館:渋谷シネ・ラ・セット


【STORY】70年代、激動のインドシナ半島に単身乗り込み戦場に散った若干26才の若き戦場カメラマン・一ノ瀬泰造。彼の母・信子さんは、2年前に亡くなった夫・清二氏と共に、この数十年間、息子が遺した膨大なフィルムをひたすら焼き続けてきた。カメラはそんな彼女の姿を追うと共に、泰造の生い立ち、彼が遺した写真や日記、親しい人に宛てた手紙の数々、友人・知人からの証言などを手がかりに、一ノ瀬泰造という人物がカンボジアアンコールワットに賭けた想いをたぐったドキュメンタリー。


好きなものに向かってただまっすぐに生きた青年の話


、、、というのが率直な印象。やばい。これは泣けたです。観てる時よりも、その後にパンフ読んだり本読んだりしてたら無性に泣けてしょうがなかった。男であれ女であれ老人であれ子供であれ、好きなものにまっすぐな人というのに自分はすこぶる弱いのですよ。もう、それだけで何でもしてあげたくなっちゃうぐらいに。


パンフ読んだり本読んだり他人の感想読んだりしてると、「命を賭けて」という言葉を使って一ノ瀬泰造を評する人がとても多い*1。しかし、それってなんか違うと思うんですわ。最初は確かにそんなだったかもしれない。でもこの人は最終的にはただ好きなモノを撮ってただけなんですよ。「命を賭けて」なんて気負いはまるでないんですよ。目の前に撮りたくて撮りたくてたまらないものがあって、もうどうしようもなかっただけなんですよ。カンボジアの人々に、アンコールワットに、惚れちゃったんだなあ。惚れちゃったらしょうがないもん。しょうがない。


「うまく撮れたら、東京まで持って行きます。もし、うまく地雷を踏んだら、サヨウナラ!」


これはベトナムから再びカンボジアに戻ってきた泰造が、アンコールワットに向かう直前に出した友人宛の手紙の締めに書き記した言葉。有名ですね。あまりに彼の性格を単刀直入に表してるため、彼を題材にした映画『地雷を踏んだらサヨウナラ』のタイトルにもなった。


うまく地雷を踏んだらサヨウナラ!」 


なんともあっけらかんとした響きである*2。彼はベトナムカンボジアにいる間、家族や友人、知人に宛てて多数の手紙を送っているのだけれど、どんなに暗いシチュエーションを報告した手紙であっても、何故か彼の文面(文体)はいつもどこか明るく前向きな雰囲気を漂わせている。危険な場所にいる、危ないことをしてるということをほとんど感じさせることがない。というか、それを大きく上回るぐらいに「そこにいることが楽しくて楽しくてしょうがない」という情熱とパワーに満ちあふれてる。


人には2種類の人種がいると思う。悪い事と良い事が同時に起こった時、悪い事に目がいく人と、良い事に目がいく人。悲惨な状況の中で生活してる人々を目の当たりにした時、その「悲惨さ」により強く目を奪われる人と、それでも生きてる「人々の力強さ」により強く惹かれる人。彼は間違いなく後者だろう。


極度に人見知りの激しい人だったという。面構えは不敵だし、自分からは心を開かない。行動は無謀で常軌を逸してる。故に、彼をよく知らない人には“よくわからない人物”と思われることが多かったらしい。だが、いったん彼の本質に触れると、多くの人が泰造のことを好きになったという。



この映画で、泰造の日記や手紙部分のナレーションを担当してるのが、坂口憲二である。ナレーションというのは、ごまかしがきかない分、ある意味役者以上に難しい職業だ。演技の上手い人が必ずしもナレーションも上手いというわけではない。普段の演技で棒読みの人はもちろん、声に抑揚のない人、音域の狭い人も向かない。「声」での表現が全てなのだ。だから向き・不向きが露骨に出る。ぶっちゃけ坂口憲二は普段の演技でも台詞回しがあまりうまくない。というか下手。普通に考えればナレーションが上手いわけがない。ところがである。この映画は意外にもはまっていた。いや、もちろん下手なことには変わりない。読点で文章の流れが切れまくり、聞き心地はあまり良くない。合間に入る監督のナレーションが訓練された人のナレーションだけに、比べると聞き難さは歴然だ。それなのに何故「意外にもはまってた」という感想になったのかというと、実はその「声色」にある。泰造のあっけらかんとした屈託のない性格に、坂口の声色が非常に良くマッチしているのだ。彼の声を通すと、どんな台詞も、明るく前向きで希望と期待に満ちてしまう。


観終わって、坂口憲二をナレーションに抜擢した理由がとても知りたくなった。演技力で選んだとはとても思えない。パンフレットには記載はなかった。若い子や女性にも見て貰いたいから人気のある坂口を選んだのか?(奥山和由も女性を監督に選んだ理由として「女性観客に観て貰いたいから」とパンフで語ってる) それとも他に確固たる理由があったのか? ナレーション収録現場でのインタビューによると、「坂口さんの穏やかな声色は、一ノ瀬本人の母親、信子さんからも『泰造の声によく似ている』と言われたそう。」とのこと。旬の人でできるだけイメージの合う人を探した結果、彼、ということなのか。比重はどちらが高いのだろう…。いま最も女性に人気のある坂口を選んだら意外にも声色がはまってたというのが真相なのだろうか。毎週火曜日に監督とのティーチ・インが行われているので、その時に観に行けば良かったと少し後悔。


実は、浅野忠信*3が泰造を演じた『地雷を踏んだらサヨウナラ』の方はまだ観てない。帰りにレンタルで借りてこようかと思ったが、もう少し『TAIZO』に浸りたかったのでやめた。



余談だが、パンフレットでは監督紹介の欄に「本名:行實多圭子」と記載されている。「“中島”は芸名なのか?」と不思議に思っていたら、特派員協会における『TAIZO』記者会見('03.11.25)奥山和由が「撮影中に結婚した」と語っていた。なるほど。



同じ日、『アイデン&ティティ』も観に行った。こっちも良かったのだ。泣けたのだ。語りたいことが山ほどあるので、また日を改めて書くこととする。

*1:パンフにも「夢に命が賭けられますか?」と書いてあるし、監督も坂口憲二もお母さんもそう言うんだが…

*2:実際は地雷を踏んで死んだのではないのだけれど、観てない人は絶対誤解してると思うな。いや、自分がそうだったってだけなんだけど(苦笑)

*3:顔が泰造そっくり