『アイデン&ティティ』を観た(@シネセゾン渋谷)12/20〜3/26まで

昨日、シネセゾン渋谷で観てきました。朝11:30の回だったけど、日曜日ということもあり、30分前には既に30人以上並んでた。客層はやはり10-20代の男女が圧倒的。全体では60-70人ぐらいの入りといったところか…。適度に混んでるといった感じで、一人で観にくるなら開演ギリギリでも良席確保可能。実は『アイデン〜』の前の10:00からの回に『ミステリアス・ピカソ〜天才の秘密〜』というドキュメンタリー映画がやっていたのだが、こちらの客層は業界関係者の試写会かと見まちがえるようなしっかりとした風貌の大人の皆さんばかりでちょっとびびった。

アイデン & ティティ [DVD]

アイデン & ティティ [DVD]


そもそも何故観に行く気になったかというと、この映画が「田口トモロヲみうらじゅんバンドブーム」の3点セットだったからである。


田口トモロヲは、コマ撮りアニメーション好きが高じて塚本晋也の『鉄男』に手を出しそこで初見して以来ずっと好きな役者である。そんな彼の初監督作品となれば観に行かざるをえない。余談だが、彼の腰の低さは昔かららしい。10年ぐらい前の知人に、若い頃、練習スタジオで当時ばちかぶりで既に有名だった田口トモロヲにばったり出くわしたことがある、という人がいた。知人が入る直前の時間にそこで練習してたのがトモロヲ氏で、知人と部屋を入れ替わる際、少し時間をオーバーしていたため、彼らが出てくるのを待ってた知人とそのメンバー一人一人に対し「オーバーしちゃってすいませんでした」と頭を下げて通り過ぎていったとのこと。知人は「お! ばちかぶりの田口トモロヲだ!」とちょっとドキドキしながらも、「いえ、大丈夫です」とあくまで普通を装い軽く会釈を返し見送ったらしい。「オーバーって言ってもほんのちょっとだったんだけどね。いやー、あの人はほんとに腰が低いんだよぉ」としみじみ語っていた知人を、当時は羨ましく思ったものだ。


みうらじゅんは、言わずと知れたマイ・ブームの創始者。とにかくいろんなものを趣味で集めていてどれについても愛情の注ぎ具合が半端じゃない。ボブ・ディランのみならず、ビニ本ブロンソン、仏像、とん祭り、変なモノなどなど、好きなモノについて語らせたら止まらないその様が、私はとても好きなのである。そんな彼が、自身の漫画の映画化に際し、ブロンソンズの盟友・田口トモロヲを監督に指名したのだ。観に行かないわけがない。


そしてバンドブーム、おそらく思い入れが一番強いのがこれ。中学の時に第1次バンドブーム、高校の時にイカ天による第2次バンドブームを体験し、自分でも中学の時にベース買って高校でバンドを組み、ZIGGYやらハノイ・ロックスのコピーやってオリジナルもちろっと作ったりしてた。また昔から深夜番組好きだったので、イカ天は初回からかかさず見てたし、バンドのメンバーはオーラのおっかけやっるわ、いまの職場にはイカ天出場者までいる始末で、素人・視聴者の範囲でどっぷりバンド・ブームにつかっていたのだ。



原作は未読。んで、感想。


とにかくよく見つけてきた!というのが第一の感想。誰をって、峯田和伸をである。ゴイステとGOING UNDER GROUNDの区別もつかないぐらい最近の邦楽にはめっきり疎いので、何系の曲を演ってるのか、ギターなのかボーカルなのかもさっぱりわからないのだが、いやー、いいよ中島(嬉)。観賞後にインタビューを読んだが、その雰囲気から察するに、ほとんど素で中島役を演ってたっぽい(実際はどうなんですか? ファンの皆さん)。


以下、ネタバレ


キャスティングの際に“バンド経験者である”というのが必須条件だったらしい。メンバーは自主的にスタジオ借りて練習、バンドとしての結束を固めたそうだ。


劇中では、後半、獅童演じるボーカルのジョニーがつき合ってた女に刺され入院。ロック・フェスを目前に控えてたため、ジョニーは大学時代ボーカルもやってた中島に後を任す。LIVEは別の意味で大成功を収め、退院後もジョニーはバンドに戻ることはなかったのだが、この展開は酷だったなあ。物語の中だけじゃなく、現実問題として獅童の歌声は峯田のそれと比べると圧倒的に売れなさそうなんだ(爆)。劇中、ベースがヘタクソで足を引っ張ってると感じた3人がメンバー・チェンジを真剣に考えるエピソードがあるのだが、自分はそれ見ながら「正直ベースよりもボーカルだよなあ」と思ってただけに*1、実際にボーカルチェンジという展開になって病室で寝てるジョニーを見てたら、現実(獅童)と虚構(ジョニー)がリンクして、物語とはいえ演じる獅童にとってはひどく酷な設定に思えてしまった。同じ曲でも、峯田が歌った方が味があるのは明白なる事実であり、だから峯田はいまでもプロとして音楽を続けていて、獅童はレコード出しながらも一発も当てることなく終わったわけで…。なんか、「獅童が不憫だなあ」って気持ちと、「ジョニーが哀れだなあ」って気持ちがごちゃまぜに入り乱れ、「現実ってなんて厳しいんだろう」と妙な感慨に浸ってしまった(本人にしたら大きなお世話だろうが…苦笑)。


後半、中島が夜の町をうろつきながら“アイデンティティ”について考えるシーンがあるのだが、ここだけ少し唐突な気がした。浮いてるというか、話が突然大きくなったというか。あと「ベースがイラねえ」とかってバンド解散ぐらいの勢いで散々険悪になっておきながら、あっさり元の鞘に収まってしまったのもどうだろう? トシ(大森南朋)がスタジオに現れた時もうちょっと微妙なやりとりがあっても良かったように思う。


ネタバレ終了


麻生久美子演じる中島の“彼女”は不思議な存在だった。現実的ではなく何かのイコンみたい。実際にあんな人がいても、中島のように純朴な人じゃないとついていけないような気はするな。彼女は“理想の女性”だから、いつまでも絶対にこっちに降りてきてはくれない。“ディラン”といい“彼女”といい、こんなファンタジックな映画だとは夢にも思わなかったので、二人の存在は意外だった。


これ、脚本は宮藤官九郎なのだがすっかり忘れてたなあ。クドカン自身がバンドマン*2でかつ原作のファンだったこともあり、脚本を書くにあたって元の台詞をほとんどいじってない(いじれなかった?)らしい。原作未読の身としては、スナフキン化したボブ・ディランもどきの“ディラン”が劇中に登場してこなければ、みうらじゅんが原作だということすらきっと忘れていたであろう。なんせ、エンディング・ロールにその名が出るまで、お目当てでいったはずの「監督・田口トモロヲ」のことすら忘れていたぐらいなのだから。


でもそれも仕方ない。
なんせ映画『アイデン&ティティ』は、青臭くて鈍くさくてうまく社会と折り合いがつけられない真面目でバカ正直で不器用でヘタレで一途で純粋な中島(峯田)の存在がその全てだったからだ。


峯田はほんとはまり役だった。ヤツの魅力をあげるなら、ダサかっこいい風貌、それでいてちゃんとミュージシャンらしい佇まい(当たり前か…笑)、頑固でヘタレでかわいこぶった表情、そしてなんといってもあの“(喋り方)”である。会話をしてるシーンでの訛りの抜けなさ(特に酒が入ると顕著になる)は、決められたレールから逃げ出すように東京へ飛び出してきた地方人の都会に染まりきれない悲哀というか不器用さみたいなのが出ててとても良かった*3。また、全編に渡り挿入される中島の独白ナレーション。このときの彼の声色は、会話シーンとは少し異なり、中島のピュアな部分だけを抽出してきたようで、あたかも「大人はみんな嘘つきで自分勝手なエゴイストだ。僕はそんな大人には絶対なりたくない」と大人社会を頑なに拒否する思春期の中学生のようであった。そしてこの中学生のような声こそが、中島のピュアな側面を際だたせるのに大いに貢献してたように思う。


「こんなのロックじゃねえ!」


“ロック”であることに拘ることがかっこよいと思われていた時代っつーのはあったんだよね。イカ天ぐらいからは微妙な感じだったかなあ。90年代はもう違うもんね。「TVに出ないことがカッコイイ」時代はとっくの昔に終わって、「TVに出ないことがカッコイイなんて変に拘ってるやつの方がダサイ」って時代になった。だから、映画の中で中島が“ロック”であることに拘れば拘るほど、ここで描かれてる時代が“いま”じゃないってことを如実に実感していく。遙かなるノスタルジー。やっぱこれって30代以上が昔を懐かしむための映画なのかも。


観に来てた子は圧倒的にいまの若い子ばかりだったんだけど、実際これをどう受け止めたんだろう。女の子の評判はいまいちという意見は目にする。中島の気持ちがよくわからないんだそうだ。


冒頭、スタジオで練習してる時の振動音を聞いてたら、無性にベースが弾きたくなった。実家に置いてあったベースはついこないだ弟の友人が欲しいっていうからアンプごとあげちゃったんだよな。ちょっと早まったぞ。


ちなみに、中島らのバンドの名前が「SPEED WAY」なのだが、その名に聞き覚えがあった身としては「まさかなあ。ありきたりな名前だもんなあ。偶然だよ、偶然」と思いつつも気になっていたら、aitea2003さんの日記で真相が判明。初日舞台挨拶みうらじゅんが「小室哲哉が昔いたバンドからとった」と明言しているじゃないか(爆)。みうらじゅん、よくそんなことまで知ってたなあ(苦笑)。



シネセゾン渋谷では、1/31(土)に『アイデン&ティティ』の公開を記念し、「コミック・ムービー・ナイト」と称したオールナイトイベントが催される。

開場・ 23:40 開演・23:50 \2,500
上映作品:『アイデン&ティティ』『ピンポン』『鮫肌男と桃尻女』(ゲスト未定)
※当日20:00より、劇場窓口にて整理券付チケットを販売。
※『アイデン&ティティ』の前売券を持参すると、差額\1,000で入場可。

*1:劇中では「ボーカルがヘタクソ」という設定にはなっていない

*2:大人計画」のメンバーらを中心に構成されたロックバンド“グループ魂”でギターと作詞・作曲を担当

*3:実際は峯田自身の訛りが矯正できなくてああなっただけなんだろうが