『三月のライオン』トーク、矢崎仁司×趙たみやす

新宿K'sシネマで『三月のライオン』公開時に行われたトークショーの模様です。トークゲストは矢崎仁司監督と、新作『ストロベリーショートケイクス』でラーメン屋の店主・リーくんを演じた若手俳優、趙たみやす*1。たみやす君は『三月の〜』で主演を務めた故・趙方豪の甥っ子でもあります。


関西なまりで話すたみやす君は、大学時代に同志社大学ラグビーをやってたそうで、叔父の趙方豪氏と比べるとかなりがっしりとした体格。矢崎監督も彼のことを「刃物で言えば“鉈(なた)”。石の塊みたい」と称していて、スクリーンだと少し印象が違うのだけど、この日登壇した彼はまさにこの言葉がピッタリくる雰囲気の青年でした。


二人の出会いは、たみやす君がまだ子供の頃。ある夜、父親が酔っぱらった矢崎監督を家に連れてきたそうで、叔父が俳優をやってるとはいえ、たみやす君の家自体は芸能界とは無縁のごくごく普通の一般家庭。初めて見る“映画監督”に家族はかなり興奮したらしい。矢崎監督に当時のたみやす君の印象を尋ねると「非常に礼儀正しい子」であったと。酔っぱらい相手にも言葉を崩すことなく、帰り際には兄弟揃ってわざわざ玄関まで見送りに来てくれたそうだ。


次に二人が会ったのは、趙方豪氏の葬式の席*2。たみやす君によれば、自分は途中で泣き疲れて眠ってしまったんだけど、その間も遺体の傍から離れることなく、いつ見ても常に叔父の傍にいた矢崎監督の姿が今でも印象に残っているという。


三度目に会ったのが草野球の試合。矢崎監督によれば、方豪氏の葬式の時に親族からチームに誘われたそうで、「野球なんて全然やったことなかったけど、お揃いのユニホームまで用意してくれて嬉しかったなあ」としみじみ語っていた。


たみやす君を新作にキャスティングした経緯はちょっとした偶然の産物だったらしい。矢崎監督が『ストロベリーショートケイクス』のロケハンで街中を歩いてると、数年ぶりに方豪氏のマネージャーと再会。その際たみやす君のことを思い出し、リーくん役がうまく決まらなかったこともあって、「オーディションがあるんだけど、たみやす来ないかな?」と誘ってみたそうだ。しかしその時は実際に来てくれるかどうかは全く分からなかったとか。でもオーディションの当日、たみやす君はちゃんと会場に現れ、その日はたままたま衣装さんやメイクさんといった主要スタッフも来ており(普段なら監督とプロデューサーのみ)、たみやす君が扉を開けて入って来るや「ああ、リーくんだ」「リーくんだね」と皆が口々に言ってくれて、ほぼそこで決まりみたいな雰囲気になったとか。リーくん役自体、矢崎監督は方豪氏をイメージしていただけに、甥っ子のたみやす君が選ばれてくれれば嬉しいなとは内心思っていたけれど、「甥っ子だから選ばれた」みたいな感じになるなら止めようと思っていたそうだ。しかしたみやす君を見た瞬間、皆が「リーくんだ、リーくんだ」と言ってくれたときはすごく嬉しかったとしみじみ語る矢崎監督でした。


『ストロベリー〜』では中国人役でカタコトの日本語とバリバリの中国語を披露していたたみやす君だが、本人は生まれてこの方日本語しか喋ってこなかったので、今回中国語の先生についてかなり発音を勉強したらしい。耳から慣れようと家に居るときは中国語のテープをかけ続け、しょっちゅう先生に電話しては発音をみてもらったそうだ。名前が名前だけに『ストロベリー〜』見て中国語しか喋れない役者だと思われたらどうしようと案じた矢崎監督は、次に撮った短編『大安吉日』にも彼を呼び*3、きちんと日本語の喋れる役を用意してあげたとか。しかし、編集の段階で喋ってるシーンをだいぶカットしてしまったので誤解は解けないかもしれないと苦笑い。


趙方豪氏が亡くなったとき、企画してた作品のほとんどが彼を主役にしたものだったこともあり、必然的に作品を撮る意欲すら奪われたと語る矢崎監督。しかし、今回、縁あってこうやってたみやす君と一緒に仕事することになり、ひょろっとした体格の方豪氏とは一見似つかぬ印象の彼が、撮影してみるとふとした瞬間に亡き方豪氏の姿とダブることがあって、「これからはどんどん作品を撮っていける気がする。(こうやって故人の面影と重ねて見られることは)本人にとってはすごく嫌だと思うんだけど*4、どうかこれからも付き合っていって欲しい」というような言葉が監督からかけられ、本日のトークショーはお開きとなりました。



とにかく矢崎仁司という映画監督にとって趙方豪という俳優の存在がどれだけ大きかったかというのを終始実感させられるトークショーでした。趙さんの話をするときの矢崎監督の顔がほんとに嬉しそうでねえ。どんだけ好きなのかと(笑)。これでようやく本当の意味での喪が明けたようなので、監督の今後に注目していきたいです。たみやす君にとってはチャンスでもありプレッシャーでもありってとこだろうけどね(笑)。


*1:“たみやす”は「○(王ヘンに民)和」。漢字が出てこないので便宜上ひらがなにしました。

*2:1997年12月に病気のため逝去。

*3:公式サイトのスチールでブランコに乗ってるスーツの青年がたみやす君です。

*4:「いやいや、そんなことないです」と身振りで返すたみやす君