オールナイトイベント『愛の井口昇劇場』に行った(@テアトル新宿)

整理券の配布は20:00から。配布開始30分過ぎで既に40番台。最終的には80人前後の入りだった模様。客層は20〜30代で男女比は7:3ぐらい(固定ファンは男の方が多いのか…)。井口監督の特集上映が行われるのは今回が初めてらしく、大勢の観客を前に「お客さんが来てくれるか心配だった」とほっとした表情で話す監督。23:30に整理番号順に並ばされ、23:45に開場、24:00開演だった。構成は以下の通り。

[※司会者と井口昇監督は全てのMCに参加]
〜MC1〜篠崎誠(映画監督・『刑事まつり』プロデューサー)とのトークショー
『わびしゃび』(88年/35分/8mm)…出演・井口昇
『クルシメさん』(97年/53分/Video)…出演・新井亜樹唯野未歩子、なにわ天閣、松梨智子ほか
〜MC2〜なにわ天閣(映画監督)、松梨智子(バカ映画監督)とのトークショー
俺の空(99年/10分/DV)…出演・唯野未歩子井口昇
アトピー刑事(帰ってきた刑事まつり)』(03年/10分/DV) …出演・田中康治、松本玲子、原達也
『毒婦〜妖しい炎』(99年/60分/DV)…出演・愛染恭子佐藤美貴、諏訪太郎、細谷隆広(※18禁エロVシネマ)
〜MC3〜中原昌也(映画評論家)、藤原章(映画監督)、『ラッパー慕情』関係者による舞台挨拶
『ラッパー慕情』(03年/90分/DV) …監督・藤原章、出演・渋谷拓生、宮川ひろみ井口昇ほか


客席には『アトピー刑事』に主演した田中康治(as 田中“髭面メガネ”刑事)、松本玲子(as 松本“アトピー”刑事)も来ており、上映前、監督の呼びかけで立ち上がり客に会釈してた。パンフレットにレビューを寄せてた柳下毅一郎も、イベント開始前に監督の元へ挨拶に来てたらしく、「客席内にいるんじゃないか?」と壇上の誰か(篠崎監督?)が言っていた。また、私のすぐ側には『恋する幼虫』に出演してた村杉蝉之介の姿もあり、蝉之介さんたら、トーク、作品、全てに大爆笑で、ほぼすべて観て帰りました(もう深夜4時過ぎですよ。日曜は休みなの?大丈夫?)。舞台挨拶があるわけでもなく、単なるノボラーだったのかもしれない(笑)。


というわけでレポートと作品感想です。


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AM0:00、司会者に促され、音楽と共に井口昇監督と篠崎誠監督が登場。


刑事まつりシリーズ』の発案者兼プロデューサーでもある篠崎誠監督は、自らを“ノボラー”と呼ぶほどの井口フリーク。この日もスクリーンサイズやアップの量を例にとり井口昇がいかに顔好きかを力説。そして「井口は本物だ」と実感したときのエピソードを次のように語った。『中身刑事(悪魔の刑事まつり)』で初めて井口監督の撮影現場を訪れた篠崎誠は、役者の顔をズームアップしてゆく井口監督の姿を目にして、「こんなに楽しそうに撮影してる監督は他に見たこと無い」と感嘆。そして“アップを多用する”という彼の手法が、画的な効果を狙って頭でこねくりまわしたものではなく、実は“役者の顔が好きだ”という本能がついつい撮らせてしまった結果(つまり「もっと近くで顔を見たい」という気持ちの表れ)なんだということを悟ったそうだ。「女性のほうが目や口元のアップが多いようだけど?」という問いに「やはり女性のほうが好きなんで…」と答える井口監督(わかりやすい!)。スタンダードサイズの作品が多い理由について、篠崎監督は、ビスタやシネスコと違い、正方形に近いスタンダードだと、二人の人間のアップを1フレームにおさめる場合、二人の顔をかなり接近させなければならない、だからあえてスタンダードにしてるんだと思ってたようだが、それについては「AVはスタンダードだし、撮り慣れてるから」との答え。そのほかの話は『恋する幼虫』にちなんだものばかりなので、↓先に記した「恋する幼虫」の感想の後半部分を参照されたし。


とにかくこのトークで分かったことは、<井口昇は人の顔、それも女性の顔が大好き>ということと、<本能の赴くままに顔のアップを撮り続ける井口監督が篠崎誠は大好き>、この2点であった。


もっと近くで顔を撮りたい・・・監督の根底に流れるこの衝動は、専門学校時代に撮った8mm作品にも濃厚に表れている。それが今回上映された『わびしゃび』という作品。


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『わびしゃび』(88年/35分/8mm)は、井口監督が専門学校時代に撮った作品で、「何か作品を撮らねば…」という衝動から、自分自身を被写体に、自らを内省したナレーションと詩の朗読で綴りあげた私小説的な<前半>と、「これではいかん!」と一念発起し自分が本当に撮りたいモノは何かと自問したあげく、高校時代に片思いしてた2年後輩の女の子を撮るべく、母校へ赴き彼女の表情を延々とフィルムにおさめる<後半>の二部構成になっている。


以下、ネタバレ


<前半>はありきたりで面白くないのだが、彼女と対峙する<後半>はすごい。観ていて気恥ずかしくなってくるほどの公開ラブレターぶり(笑)。詳しい説明はないのだが、彼女は井口昇が自主映画を撮ってることを知ってるようなんだな。カメラを向けながら会いに行っても、これといって驚いた様子もなく素直に応じてる。で、この彼女がまためちゃめちゃかわいい(嬉)。10年以上も前の高校生だから化粧っけなどまるでなく、宮崎から出てきたばかりの浅香唯のような素朴なかわいさで井口カメラマンの求めに笑顔で応じる。「ボクの名前は?」という執拗な問いかけにも「井口昇先輩です!」と明るく答え続ける彼女。井口は自分の名前を言わせたいがためにこの質問を何十回もするのだが、そのたびに「井口昇先輩です!」と笑顔で答える彼女に私もクラッときた(笑)。それだけ撮れれば十分だろうと思うのだが、家に戻った井口は「撮りたい画が撮れてない」と反省。数ヶ月後にまた母校へ出かけ、彼女を誰もいない教室に呼び出す。彼女の方も何かを察してか、今回は少し神妙な面もち。今回井口は撮りたい画を撮るためにカメラレンズにある工夫をした。そう、彼女をできるだけアップで撮るためにレンズを“接写レンズ”に変えたのだ。「接写レンズというのは被写体に○○cm以内まで近づかないとピントが合わないんだ」と言い訳しながら、彼女の目と鼻の先までカメラを近づける井口。嫌がる様子もなくじっとカメラを見据える彼女。ひたすら彼女のアップが続いたあと、彼女にカメラを渡し、彼女の前から立ち去る自分の姿を映してもらって映画は終わる(いや、もうちょっとなんかあったかも? …忘れた)。


ネタバレ終わり


井口昇がカメラの前に自分の全身を露わにしたのはこの最後のシーンだけなのだが、これがまた今とは別人。監督曰く「今より半分ぐらいの体重」だったそうで、服装も少しおしゃれさん。ひげをはやしてるのだが汚らしくはない。この後のトークショーでゲストの松梨智子も言ってたが「このときの井口君なら告白されてもいいかも」。何故この状態を維持できなかったのか…。


『クルシメさん』(97年/53分/Video)は、愛する人を傷つけたくなるという心の病を持つユキ(新井亜樹)と身体に秘密を持つカズエ(唯野未歩子)、コンプレックスを抱えた幸薄い二人の女性が出会い、愛情が芽生えたことから起こる戦慄の悲劇を描いた作品。井口監督を一躍世に知らしめた1本でもある。さすがに『恋する幼虫』を観た後では全体的に少しダレた印象を受けないでもないが、『恋する幼虫』を観た人ならいろんな意味でこれは必見じゃないでしょうか。ヒロインを演じるのがどちらも新井亜樹ということからも分かるとおり、映画のラストで生きたナマコのように肥大化してデロンと伸びたカズエの舌に顔面をどつかれたユキ(新井亜樹)が、左頬に血のにじんだガーゼを貼って出てくる姿は、まさに『恋する幼虫』のユキそのもの!(なんだ、名前も同じじゃん)


そして『クルシメさん』を観た人には是非『わびしゃび』も観て欲しい。カズエを演じた唯野未歩子って、井口監督の片思いの相手によく似てるんだよ*1(笑)。それにカズエの舌が勢いよく飛び出るシーンの元ネタともいえるシーンが『わびしゃび』には出てくるので、こちらも是非確かめて欲しいです。


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AM2:00、井口監督と共に、『クルシメさん』に出ていた松梨智子なにわ天閣の二人が登場。上映した2作についての裏話で盛り上がる。


まず『わびしゃび』だが、監督自身も観るのは10年ぶりとのこと。内容をほとんど忘れていたので、観始めたら自分が変な詩を朗読し始めて恥ずかしくなり、出てきてしまったらしい(笑)。実は、現在このフィルムはイメージフォーラムが所有しており、映画学校の生徒たちの教材として使われているらしい(だから10年間見返すことがなかった)。内容が内容なだけに、たまにこれを観た生徒から「『わびしゃび』観ましたよ」と声をかけられ恥ずかしい思いをするという。「片思いの彼女には観せたのか?」という問いに、「イメージフォーラムでの上映会に観に来てくれたことがあった」と話す井口監督。どきどきしながら感想を訊くと「前半と後半の構成がいまいち」とダメだしされて凹んだらしい(笑)。せっかくの公開ラブレターなのになあ(苦笑)。「照れ隠しですよ」と松梨がフォローしてた。


『クルシメさん』の方はというと、当時観た人からよく質問されたのが「何故なにわ天閣*2の演じてる男はあんなにもモテモテなのか?」ということだったらしい。それは演じてる本人も疑問に思ってたようで、結局は井口監督にとっての「モテる男」というのが「なにわ天閣のような男」というイメージであったがゆえにそうなった、というのが真相らしい。「今では大手の映画にもたくさん出て、(映画『さゞなみ』で)松坂慶子の娘役をやるなどすっかり大女優になられ遠い存在になってしまった唯野(未歩子)さん」*3も、この時はまだ学生でどこの事務所にも所属しておらず、キャスト募集の広告を見て自ら履歴書を送ってきたそうだ。『クルシメさん』の出演者は、松梨智子を除き、役柄同様普段も伏し目がちで物静かな人が多く、テンションの高い松梨は雰囲気に慣れるのに大変だったらしい。ただ、血反吐も吐けたし、いじめ役自体は楽しかったとのこと。「基本的に自分はマゾなので、松梨さんが演じたような意地悪な女の人は大好き」と話す井口監督。「人が酷い目にあうのを見るのも好きなので撮影は楽しかった」とも語っていた(結局、S&Mなんじゃん)。なにわ天閣も「唯野さんと(映画の中で)デートできて嬉しかった」と当時を振り返る。


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俺の空(99年/10分/DV)は、池の畔でデート中、彼氏(井口昇)の大事な義眼を手にとってしまったばっかりに池に投げ込みたいという強い衝動に駆られ苦悶する彼女(唯野未歩子)を描いた短編。大人しく慎ましやかな彼女が次第に内なる悪意を露わにしてゆく様はいつも通り(笑)。短編は設定だけで押し切れるのが強み。おいしいとこだけ濃縮された作品に仕上がっており非常に面白かった。先ほどのトークショーで「意地悪な女の人が好き」と語った井口昇は、本作で片思いの彼女によく似た唯野未歩子にいじめられまくります(笑)。


上映前の話によると、これは井口、唯野、なにわ天閣の3人だけで撮った作品で、井口と唯野がカップルになるという設定だけ決めて井の頭公園に赴き、細かいネタはその場で考えて半日ぐらいで即興で撮り上げたらしい。何があってもいいようにと持ってきた眼帯・血糊・眼球三種の神器を全部使って撮ったらこんな映画になったそうだ。


アトピー刑事』(03年/10分/DV) は、ストレスを溜めるとアトピーが全身に広がり別人のような姿に変身する松本刑事(松本玲子)を、彼女の相棒である田中刑事(田中康治)の視点で綴った哀愁漂う愛の傑作短編。複数の監督による競作オムニバス『帰ってきた刑事まつり』の1本として作られ、当時「ダントツに面白い!」と評判になった作品でもある。観るのは二度目だというのに、また同じとこで笑ってしまった…。設定としては『恋する幼虫』に非常に近く、田中刑事の呟く台詞がいちいち良いし、変身後の松本刑事(原達也)が語る愛についての蘊蓄が実に深い(これは原達也のアドリブだそうだ)。とにかく何度でも観たい作品です。


『毒婦〜妖しい炎』(99年/60分/DV)は、不器用で鈍くさく誰からも愛されない年増の熟女が、うら若い少女に恋をしたために辿る肉体の喜びと愛の苦悩を描いたエロVシネマ。


上映前に監督から、「エロVシネという性格上、絡みのシーンがすごく長いので、その間は目をつぶるかお茶でも飲んでやり過ごしてください」という注意事項が言い渡された。実はこれ、とても重要。その昔、今は無き大井武蔵野館に『瓶詰め地獄』『火星の女(夢野久作の少女地獄)』『(丸山明宏版)黒蜥蜴』の三本立てを観に行った私は、『瓶詰め地獄』が18禁日活ロマンポルノだと知らずに観てて、無駄に長いエロシーンに非常にイライラした経験がある。作品自体は後半ハチャメチャに面白くなるので絡みのつまらなさも帳消しになるのだが、最初に知っていればもっとゆったりとした心持ちで生暖かく見守ってあげられたのになあ、なんて後で思ったものである。


(余談:『瓶詰め地獄』は非常に笑えるポルノ映画なので、どこかの名画座で上映してたら是非是非観に行ってください。これ、大勢で観るほどに楽しめます。「ちょっと興味もったぞ!」という方は、google:瓶詰め地獄 小林ひとみでネタバレ全開感想サイトにたどり着けるのでそちらへどうぞ)


そしてラストは『ラッパー慕情』。・・・すまん、開始が朝の4時過ぎということで、冒頭ののほほんとした展開の間に気持ちよく眠ってしまった。目が覚めると画面上には臓物が散乱しており、いったいどうしたらあののんびりムードがこんなことになったのか謎のまま。4月にアップリンクで上映すると言うことなのでリベンジしてくるかな。



総括すると、井口作品は単品でももちろん面白いんだけど、「あの作品の原点はこの作品だった!」ていうのが多くて、まとめてみると更に楽しめることがよくわかった。また、エロVシネ用に撮った作品が1本上映されたんだけど、場内爆笑。愛染恭子でこんなに笑いをとっていいのだろうか(笑)。ひとつ気づいたことがあるのだが、井口作品に出るフリークスたち。彼らの顔のデキモノは何故かいつも左側にできるのだ。監督は右利きなのかな?


井口監督は現在『怪談新耳袋』の撮影が終わったところ。2話分のエピソードを担当していて、そのうちの1本は大浦龍宇一が主役にもかかわらず呆けたお爺ちゃんのアップが延々と続く作品になるそうだ。「お爺ちゃん顔フェチの方は是非!」とのこと(笑)。あと、企画は常にたくさん持ってるようで、尻にカッターを持たせ、リストカットする尻のアップを延々映す話とか、そんなのをいろいろ考えてるらしい(※実現するかどうかは別として)。



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*1:そう思いながら、唯野が出てる井口作品を観ると、そこはかとなくエロい…

*2:井口昇はなにわ天閣のことを終始“オオサワさん”と呼んでいたのだが、それが本名なのか?

*3:「遠い存在って、こないだも出てもらったばかりじゃないですか」とすかさず突っ込まれる