BS2『マンガノゲンバ』トーク、楳図かずお

映画『おろち』公開前の7月に放送されたBS2『マンガノゲンバ楳図かずおインタビューをHDDから消す前に放出しておきます。「恐怖」や「“怖い”という感覚」についてはうちでもたびたび取り上げてるテーマなので、そのあたりを中心に抜粋。恐怖表現の技法的な部分についても詳しく語られているので興味のある方は是非ご一読を。ちなみに番組観たことある人ならご存知だと思いますが、司会は天野っちです。

★恐怖漫画を描くようになったきっかけ
楳図「もう中学に入ったときからデビューしたかったんですね。でもなかなかそうはならなくて、中学生の時は手塚治虫の漫画ばっかり好きで、どっちかっていうと手塚治虫風の漫画になっちゃったもんで、これはプロとなるのにはいけない!自分自身を作らなきゃいけない!ということで…」
天野「オリジナリティをその辺から考えていたんですか。」
楳図「そう! その辺から考えていていろいろ悩んでいたんですけど、高校を出てプロでやってゆくときに周りを見渡すと、“SF”はね、手塚治虫先生がやってますからダメですよね。で、見ると“恐怖”というジャンルがなかったんですよ。」
天野「え?」
楳図「“スリラー”と“怪奇”はあったんです。でも“恐怖”というのはなくて…」
天野「あっそうか、もっと細かく分類するとそうやって別れるわけですね。」
楳図「“怪奇”の中にも“スリラー”の中にも“恐怖”の要素はあるんだけれども、見た目が要するに不気味なのが“怪奇”なわけだから「心が“怪奇”」って言ったってわかんないんで、ここでやろう!と思ったんですよ。」


天野「先生はいつ頃からそんなのが怖いんだってことに気づいたんですか?」
楳図「最初は、、、ボクは山の中の生まれなんで、朝目が覚めると山の中の鬱蒼とした木の中で、夜になると真っ暗で、もうそれ自体が怖いんですよ。子供心になんかじわーっとよくわからない、うっすら怖いっていう、そういう感覚がありましたよね。しかも父親が夜寝るときに田舎なんで灯りもないし電灯消して村に伝わる蛇女の話をしてくれるんですよー!」
天野「そういった体験から恐怖漫画を描こうっていう…」
楳図「そうなんですよー! だってねえ、「怖い」ってなんだろうって思ったときに、わからないんですよ。「怖い」ってどういうことか。そうすると思い返して、自分が怖かったなというとことに根拠を持ってくるしかないんで。」
天野「じゃあ、先生が恐怖漫画を描こうって思ったきっかけはお父さんのそういった話であるとか、故郷のそういう状況であるとか…」
楳図「そうですね、全部“故郷”ですね。」


★楳図流恐怖の表現

【キーワード1:閉鎖感】

楳図「これはやっぱり閉じこめられた空間じゃないと怖さって出てこないんですよ。」
天野「確かに無限に広がった大草原であんまり恐怖って感じないですもんね。」
楳図「そうですよ。だいたい砂漠に怖いおばけの話って聞いたことないでしょ?」
天野「砂地獄みたいな(笑)」
楳図「それだとホラーじゃなくてSFになっちゃいますもんね。だいたいは家の中で起きる出来事が多い。「心」もそうですよね。「身体」というひとつの囲いの中の何かなので、“閉鎖”っていうのは一番大事なんですよね。(楳図さんが自分のとあるマンガの1カットを指差し)これも周りを黒く塗ってるでしょ? これもこういう閉鎖感を出すために自然になっちゃったんだなあって後で思うんですけど。」
天野「空間をより詰めてくって感じに…」
楳図「はいはい。遠くがくっきり見えちゃうとあんまり怖くなくて、俯瞰で見ちゃうと良くない。“怖さ”に対しては。(別のとある1カットを指差し)こういう感じで下から見上げるっていうのも怖いんですよ。上から見下ろしちゃうと自分の手中に入っちゃうような感じがして…」
天野「テリトリーって感じがしますよね。」
楳図「そうですね。だから下からのアングルってのはかなり多いと思います。」
天野「下から上への方が不安を煽る構図になってるわけですね。」

【キーワード2:黒】

天野「楳図さんの作品の中には“黒”が多いですよね。」
楳図「黒っ! 大事ですぅぅぅぅ!(一同笑) やっぱりホラーといったら“黒”でないと怖さは出てこないです!」
天野「黒にもいろんな種類というか、想像させますよね。黒はね。」
楳図「そこ、エライ! その通り! “白”っていうのはほんとになんにもなくてスカッとしてる…」
天野「“無”ですよね。」
楳図「“無”なんですよ。“黒”って「いっぱい詰まってますよ」のメッセージなんで、ほらよく山の中でひとりぼっちでなんにもいなくて怖かったっていうけど、あれは嘘です。山の中にはいっぱい生命が嫌って言うぐらいあって、それらに「見られてる」っていう怖さなんですよね。だから黒で描くと、描いてはないけどなんかここにありそうとか居そうって思うじゃないですか。だから“黒”って大事ですよね。」
天野「しかし、黒で表現するとか俯瞰であるとか、全て先生は描いてく途中でわかってゆくんですか?」
楳図「なんかボク、知らずに描いてるだけなんですけどね。」
天野「結果そういうことだなっていうのを気づかれてゆく…」
楳図「ええ、結果そうなっていったということで、その辺はボクはラッキーですよね。」

【キーワード3:口】

楳図「“口”ってボクはすごく脅迫的なものだと思う。これも閉鎖空間でしょ? ある意味。字自体が。その中に取り込まれてしまうっていう恐怖なわけだから、口で喰われちゃって飲み込まれるっていう、閉鎖空間に入っちゃうていう怖さが、口ってやっぱり怖いんですよね。」
天野「喰われる・・・。」
楳図「ボク、生物って最初の無機物から有機物になった瞬間にもう“喰う”“喰われる”の状態の怖さってそっから始まってると思うんですね。」
天野「まず最初に感じる怖さっていうか。」
楳図「だから喰われるところからどうやって逃れようかということで生物は進化していって、喰われる恐怖のない生物って進化してないじゃないですか。」
天野「危険があるから変わろうとするってことですね。」
楳図「そうですね。」


その後、恐怖漫画ならではの怯える表情の書き方をスケッチブックに黒サインペンで実際に描きながら説明する楳図先生。


楳図「「上が暗い」のと「下が暗い」のとではどちらが怖いと思います? これもすごい大事で、上か下かで全然違ってくるんですよ。例えば、「黒い大地」が怖いのか、「黒い空」が怖いのか。」
天野「やっぱり「黒い空」の方が怖いんじゃないですかね。」
楳図「ですよね。そうなんですよ。だから上がこんな風に暗いと(と言いながら人の顔の上の余白に縦線を何本もシャッシャッと描き入れてゆく)やっぱりこれで“怖い”という感覚が伝わるんですよね。」
天野「思わずカメラさんが「おおー!」って言ってしまうぐらい(一同笑)。」
楳図「たぶんですけど、人間は上を見ると上には太陽があって「下が明るくて上が暗い」っていうのはそれはもう異様事態なので、そういうことはやっぱり怖いって自然にそういう風に…」
天野「どっかバランス取ろうとしてるわけですね。」
楳図「そうです。そういう「自然のバランスを取ろうとすることが大事」っていうことが“怖い”っていうことの意味だと思うので、いま現代の人は文明社会に生きていると、自然の・・・“怖さ”ってみんな自然から来てるので、自然の中にいないわけなんで、そこの部分がちょっと緩んでるところがあると思うから、少しそれは鍛えていった方がいいなと。“怖さ”に対する防御力ですよね。」


★ギャグ漫画と恐怖漫画
天野「(まことちゃんを例に出してさまざまな説明がなされた後で)楳図先生はギャグも恐怖も描けるってスゴイねえ。」
楳図「これはですね、“ギャグ”と“恐怖”は表裏一体。だいたい“追っかける者”と“追っかけられる者”とはセットで物事は進むわけなんで、そうすると“追っかけられる側”から見ると“恐怖”なんだけど、“追っかける側”から見ると結構…」
天野「あわてふためいてるさまが面白いと。」
楳図「面白い。あと、距離的に近くで見ると“恐怖”だけど、切り離して遠くから「なんでもいいわー」って感じで見ると“ギャグ”になっちゃう。」
天野「だからさっきの恐怖漫画にはなかった構図が多いのよ、『まことちゃん』には。」


★『14歳』に込めた思いとは
楳図「子供のときよく思う「死んだらどうなるの?」と「宇宙の果てはどうなっているの?」と、ボクなんかもしょっちゅう思ったもんだから、これを今回描いてみようと言うので…」
天野「先生なりの答えというのは、もうこの作品でやっぱり…」
楳図「あの、「死んだらどうなるの?」はちょっと描けなかったんですけど、描こうと思えば描けたんですけど、「宇宙の果てはどうなっているの?」は描いたつもりで、本当にそれがそうなっているのかは関係ないんだけど、ボクの子供の頃の経験ではそういうことを聞くと大人の人ってちゃんとした返事がないんですよ。」
天野「ちゃんと答えられる人っていないんじゃないですか。」
楳図「いないんですけど、自分の考えで「こういう考えもあるよ」って具体的にやっぱり聞かないと…」
天野「価値観をちゃんと伝えるってことですよね。」
楳図「はい。それはすごい大事だと思ったもんですから。」


★人間の未来像
楳図「「生物は小型化してゆく」というのが(『14歳』を)描いてる時のボクの考えで、話の中でも「恐竜とか昔いたんだってー」とか…」
天野「でかいのがだんだん小さくなってゆきましたよね。」
楳図「これはボク、現実にもそういう流れでいくと思うんですよ。だから「未来の人間はどうなるんだろう?」って言ったら、子供になっちゃう・・・ていうのが話の元ネタになりました。」
天野「それが所謂“14才”ってことにつながるわけですね。」
楳図「そうですね。だからそこのところは14才なんだけれど、未来の人間は年月が14才でって言うんじゃなくて「子供のままの生物に進化する」ってことを描いたわけです。」_


★『14歳』を最後に休載へ
楳図「これ、すごい怖いことに最初に「14歳で終わります」と予言者が言ってる言葉がありますよね。それは話の中で人類の生命が短くなって14歳で終わるっていう設定なんですけど、あとで気が付いたら、ボク、自分自身のことを言ってるんですよね。」
天野「・・・おおー!」
楳図「ピリオドをそこでなんか…」
天野「この作品で漫画家としての…」
楳図「はいはい。「漫画描きませんよ、これが最後ですよ、『14歳』で終わりです」って自分で自分のことを。で、『14歳』描き終わったら描く状態っていうのがなくなっちゃったんで、まさに・・・。ちょっとその辺がビックリですね。だんだん集大成になってゆくなって描きながら思いました。」
天野「スケールのでかさがハンパじゃなかったんですよ。じゃ先生はそれでもう漫画描かない…」
楳図「ええ、漫画はもう描く気はないんですけどね!」
天野「えええええええええっ!!!」
楳図「でもその代わり、今度映画をやるお仕事がありまして、いま進めてる最中なんですけれど、漫画で描けないものっていうのが動くものにはあって、どういうことかっていうと、“仕草”とかね、そういう微妙なところは漫画じゃ表せないんですよ。そういうところをもっと追求したいっていう。」


関連:楳図かずおの語った<恐怖>とは(2004.7.13放送 NTV『爆笑問題のススメ』)

ほんとにもう漫画は描く気ないらしいんだよねえ。残念なことに。ちなみに映画『おろち』のDVDは来年3月発売。初回特典で谷村美月の歌う劇中歌「新宿烏」のフルバージョンCDが付いてきます。

おろち [DVD]

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尚、現在公開中の『悪夢探偵2』のテーマがずばり「恐怖」なんですよね。楳図先生が「山の中には生命がいっぱいあって見られてるって怖さがある」なんてことを語ってましたが、似たようなことが本作でも表現されてます。作品自体は市川美和子と韓英恵のふたりが“怖がる女”を強迫神経症的に熱演し、演出面でもかなり煽って追いつめてくるので、心身不安定な人は観賞時に注意した方がいいかもしれません。ちなみに平成版『魔界転生』や『牛頭』と並び、本作の松田龍平も女子高生のある所からスゴい出方をしていますのでお楽しみにw。