NHK『爆笑問題のニッポンの教養』、分子生物学者・福岡伸一インタビュー

面白かったんで個人的にメモ。


インタビューを受けたのはこの本の著者。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

福岡「生命とは何かと問われたらなんと答えますか?」
太田「まずその質問の意味がわからない」
福岡「生きてる状態と生きてない状態をわたしたちは目で見てすぐ峻別できますね。たとえば、石ころは生きていないけど貝はもともと生きていたもんだっていう風に見えますよね。その間にどういう線が引けるかなっていう…」
太田「動く、とか。意志がある、とか(中略)」
福岡「《動き》ですか。それは今日のキーワードのひとつですよね。」
(中略)
福岡「20世紀の分子生物学が到達したひとつの《生命とは何か》というテーマなんですが、それは1953年に(ジェームズ・)ワトソンと(フランシス・)クリックという人が『DNAは二重の螺旋構造をしている』と言ったそれなわけです。」


 二人の若き科学者が明らかにしたのは、DNAが二重の螺旋に別れて限りなく増殖すること。ということは生命って自分で自分を増やしていくものなのか?


福岡「生命じゃなくても増えるものっていっぱいありますよね。たとえば結晶やコンピュータ・ウイルス。だから生命は単に《増えてゆくもの》だけじゃなくて、もうちょっとダイナミックな要素がそこにあるんだということ。実はその鍵が、ワトソンとクリックがDNAを発見する10年ぐらい前に行われた“20世紀最大の発見”と私が個人的に思っている発見なんですよ。それは(ルドルフ・)シェーンハイマーという人が行った実験で、(彼は)ネズミに食べ物を与え、その食べ物が身体の中に入ったらどうなるかっていうのを調べようとしたんです。食べ物をネズミの身体に入れてみると、その分子は瞬く間にネズミの身体の中に広がって、しっぽの先、あるいは目の中に入っていきました。あるものは脳の中に、あるものは骨の中にパーッとばらけてネズミの身体のいろんな場所にとどまったんです。ところが食べた物がいろんな場所にとどまっているのにネズミの体重は1グラムも増えなかった。じゃあ、その時何が起こっているのか。それを彼は考えたんですが、ネズミの身体の中に元々あった分子が分解されて、いま食べた分子がそこに置き換わっていった…。その状態を彼は《動的平衡》と呼んだ訳です。」
太田「ちょっとむずかしいなあ…。食べた物が燃焼されるっていうのは間違いだったってことですか?」
福岡「間違いじゃないです。燃焼されてエネルギーになる部分もあります。半分ぐらいは燃やされます。でも、後の半分ぐらいは身体の中の分子と入れ替わってしまう。」
太田「俺の今までの解釈だと、(中略)古い細胞が死んで新しい細胞に生まれ変わる原動力に食物っていうのはなると、そういう解釈だったけどそうじゃなくて、食べ物の分子自体が人間の分子と入れ替わるってことですか?」
福岡「もちろん、細胞が死ねば新しい細胞が出来て細胞の中身は入れ替わりますけれど、生きているままでも細胞の中にある分子は常に分解されて捨てられ食べ物から来た分子がそれに置き換わってるわけです。だから、(いちいち)細胞の一個一個が死んでそれが(新しい細胞へと)再生される必要はなくて、生きながらにして中が(外からやってきた別の分子に)入れ替わっているわけです。」
太田「ああ、細胞が死ぬ以前に、細胞の中の分子が食べ物の分子と入れ替わってると。入れ替わった方は捨てられちゃう…」
福岡「そうです。」
太田「捨てられた分子はどこへいっちゃうんですか。」
福岡「ひとつは尿や糞になって排泄されます。それから捨てられた分子は燃やされてエネルギーなった後、二酸化炭素と水になって捨てられます。だから、一年も経つと私たちの身体っていうのはもとあった原子や分子はすっかり入れ替わってます。早い遅いはあるんですけど、例えば舌の根の分子は数時間で置き換わっています。去年の私と今年の私は同じ私に見えても分子のレベルではすっかりお変わりありまくりなわけです。」
太田「ということは、例えばお菓子にも分子はありますよね、その(お菓子の)分子とこの(自分の身体の)分子は一緒のものじゃないだろって思ってるわけですよ。」
福岡「いちばんミクロなレベルでは一緒なわけです。」
太田「生物・無生物でも、分子レベルでは一緒なんだ。」
福岡「そうなんです。地球全体の元素の量っていうのはほぼ一定で、それがグルグル回って、ある時には太田さん、ある時には田中さん、ある時にはミミズ…」
太田「ああ、そうか。でも、これは俺の分子だ!って言ってもこれは《生き物の分子》ってことじゃないわけだ。みんな同じ材料で、こういう机も、先生も、俺も、カメラも、分子レベルではまったく取り替えることができるってこと…」
福岡「そうなんです。それがグワーッと流れているのが地球環境で、ある一瞬寄り集まって太田さんを作ったり田中さんを作ってる状態が生命現象なんですが、長い時間で見るとそれはグルグルと回りながら食べ物と交換してるし、一瞬そういう《形》を作っている、そういうダイナミックな流れの中に生命があるっていうのが、やっぱり生命観としては非常に必要じゃないかなと思うわけです。」


明日のあなたを支えているのは、あの雲の一部かもしれない。


太田「必ず昔は何かだったんだね、この身体は。」
田中「新たに生まれた!って思うけれども、なんかの分子がまわりまわってきた…」
福岡「そういうものが寄せ集まってきて、いま一瞬ゆるくガス状の…私たちのなんか固体だと思っているけれども、むしろそういう長い時間をとって見ると(この身体は固体ではなく)《ガス》なんです。ゆるやかに分子が集まってる状態で、分子を混ぜただけでは生命はできなくて、この「要素」が入れ替わりながらもある一瞬形作ってる「効果」が生命ってことなんですよ。いまわたしの生命があるところで途絶えても、私を合成していた分子はまた他の生物や無生物のあいだをくぐり抜けて回っていくわけですよ。」
田中「千の風になってみたいな話だね。」
福岡「だからあれはなかなか生物学的な歌ですね(笑)」


わたしたち人間を形作っているのは、地球46億年の営みを担ってきた分子。地球は限りある分子の大きな循環の中にあるのか。


福岡「私たちの身体の中にある分子は常に振動しながら流れているんで、それゆえに私たちは外部に文明を作ったり法律を作ったりして、なんとか自己同一性を付託する、記憶させるものを作ってきたわけですね。そういう風に考えると、虚しくもあり、でも面白くもあるわけです。」
(中略)
福岡「《エントロピー増大の法則》って知っていますか。これは『秩序あるものはやがて崩れる』、すなわち、光り輝いていたものはさびる、温度の高いものは下がる、整理整頓されていた部屋はすぐに散らかるっていう法則ですよね。この『エントロピー=乱雑さ』ということなんで、常に崩壊してゆく方向にしか動かないっていうのが宇宙の法則なんですよ。でもその中にあって、生命現象だけは辛うじて秩序を何十年も保ってるわけです。これが何故かっていうのが《動的平衡》っていうことのひとつの答えでして、エントロピーが生命に常に襲いかかってる、生命を駄目にしようと崩壊させようとしているわけです。でも動的平衡状態はそれに先回りして自らを壊してるわけです。エントロピーが自分たちを壊すよりも前に先回りして自らを壊しながら新たに作っているわけです。だから生命っていうのは一種の自転車操業で、エントロピーに一歩先んじて常に壊しながら作り替える、それが唯一80年ぐらい*1秩序を守れる方法だったわけです。」
(以下略)


大学の時、共通科目かなんかで(文系のくせに)ミクロの世界がうんたらかんたらっていう講義をとったんだけど、最初の授業で「一見動いていないように見えるこの机もガラスも、分子レベルでは微妙に振れ動いてるんだ。衝撃を与えるとヒビや亀裂が入るのは何故だと思う。分子が動くためには分子間に隙間が必要だよね。外部から圧力がかかったときに分子が寄って偏りができる。その時に出来た分子間の隙間が肉眼で見えるほどに広がったのがヒビや亀裂なんだ」と言われ目から鱗が落ちたのを思い出した。


*1:※人間の寿命のこと。