『マイマイ新子と千年の魔法』トーク、片渕須直監督×岩瀬智彦プロデューサー(@ユーロスペース)

片渕須直監督の新作『この世界の片隅に』公開劇場でもある渋谷ユーロスペースにて、片渕監督の前作、2009年に公開された長編アニメ『マイマイ新子と千年の魔法』のリバイバル上映が9/10(土)〜9/16(金)までの1週間限定で行われることになり、初日舞台挨拶に行って参りました。





2009年の公開当時は、松竹配給の全国ロードショー作品だったこともあり、ユーロスペースでは上映してないんですが、同じビルの地下にあった、かつてTHX館として都内最高の音響空間を誇り、現存していれば昨今の劇場対抗音響合戦でかなり名を上げてたはずの渋谷シアターTSUTAYA(残念ながら2010年に閉館)にて、一夜限りの『マイマイ新子』オールナイトが催され、スクリーン下にオーケストラピットでもあるんじゃないかと錯覚するぐらいのハイクオリティな音響で『マイマイ新子』を堪能できた思い出のビル。そこに久しぶりの凱旋となった新子ちゃんたちでした(ちなみに、同じく渋谷で『マイマイ新子』を上映してくれた渋谷シネマアンジェリカも2010年に閉館。渋谷で観る『マイマイ新子』は楽しい思い出のみならず別れの思い出も引き起こすのでした…涙)。


初日は『マイマイ新子』BDの予約受付を劇場ロビーで行っていたこともあり、舞台挨拶の前にブルーレイの宣伝をしておこうと、avexの岩瀬プロデューサーが開始5分前からフライング登壇。公開当時舞台挨拶やトークショーによく通ってた人にとっては、司会進行をたびたび務めてくれていた懐かしい顔。そんな彼の口から「帰ってきた“おとなのためのマイマイ・ナイト”」*1というこれまた懐かしのフレーズが開口一番飛び出し、大喜びの客席から大きな拍手がわき起こります。ところがこのあと21時から登壇するはずだった片渕監督までもが岩瀬Pにつられてフライング登壇してしまい、舞台挨拶までのわずかな時間に予約者を増やすつもりが身内に離席を阻止されるという予期せぬ事態に見舞われてしまった岩瀬P。この後どう進行すべきかしばし悩みつつ、苦笑いで舞台挨拶の続行を決心すると、会場からは笑いと盛大な拍手が送られました。


今回のリバイバル上映は新作完成記念の他に『マイマイ新子』BD発売記念というふたつの意味合いがあり、「片渕監督が『この世界の片隅に』を公開してくれたおかげで、皆さん待望のブルーレイがようやく発売できることになりました」と語る岩瀬P*2。ブルーレイには、DVDに入っていた特典映像はもちろん、『この世界の片隅に』のパイロットフィルムやクラウドファンディング支援者イベントで上映した映像、そして英語字幕とフランス語字幕もついており、英語字幕はイギリスの会社が字幕製作のための出資金をクラウドファンディングで求めたところ無事資金が集まり完成したものだそうです。
(補足:フランス語版についての説明は特に無かったのですが、実は海外でもっとも精力的に上映会を開いてくれた国がフランスでして、監督も渡仏しあちこちの劇場をめぐっては舞台挨拶&質疑応答を繰り返しています。そのあたりの詳しいことは以下の記事でどうぞ(いずれも公式ブログより)。フランス行き日程 | マイマイ・フランス便り(1) | (2) | (3) | (4) | (5) | (6) | (7) | (8) | (9) | (10) | (11)

※通常版ブルーレイはこちらからどうぞ(何故かリンクが張れない…)。


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公開から今年で6年目に突入した『マイマイ新子』ですが、ロングラン上映がいったん終了したあとも、全国各地で単発的に上映会が開かれており、片渕監督の舞台挨拶ものべ200回近くに達してるとか。最近では特に野外上映が続いており、昨年は岩手県*3、今年は『この世界の片隅に』の舞台でもある広島の河川敷で20メートルのスクリーンを張って行われ*4、運営側から特に呼ばれたわけでもないのに上映の話を聞きつけた監督自ら「舞台挨拶のご要り用はありませんか?」と連絡して押しかけたそうです(笑)。


映画の舞台となった山口県防府市でもこれまでに何度か野外上映をしており、会場となった「国衙」の説明をする際に、公開当時からのファンがたくさん押しかけたアットホームな雰囲気にうっかりネタバレしそうになる監督(苦笑)。寸前で「そういえば、今回初めて観るって人はどれぐらいいるの?」と問いかけたところ、結構な数の人が手をあげてくれて、新しい観客が増えて嬉しそうな片渕監督と岩瀬Pでした。というわけで改めて説明再開。《国衙(こくが)》っていうかつて政を行う建物が建っていた場所があって、建物自体はもう残っていないのだけれど地名として残されており、いずれ掘ればいろいろ出てくるだろうからと何も建てずに公園にしている広場に、巨大なスクリーンを張って野外上映を行ったと。で、実は一度、『この世界の片隅に』の原作者であるこうの史代さんがこの国衙での野外上映にふらっと来てくれたことがあって、せっかくだからと舞台挨拶に登壇してもらったものの、『この世界』を片渕監督が撮るという情報がまだ公にされてない時期だったために、「東京からきた漫画家のこうの史代です」と挨拶したものの「どんなつながりが?」という肝心な部分がオブラートに包まれた状態で進行する謎の舞台挨拶になったそうです(笑)。


「次回作『この世界の片隅に』を選んだきっかけは『マイマイ新子』にあった」と語る監督。主役の新子ちゃんは原作者である高樹のぶ子さんが9歳だった頃の自分をモデルにしており、描いてるのは戦後10年の日本。てっきり終戦後にできた子供だと思っていたのに、調べてみたら高樹さんの誕生日は昭和21年4月。つまり、高樹さんのお母さんは終戦後ではなく終戦直前に彼女を身ごもっていたことになる。映画にも出てくるあののほほんとした新子ちゃんのお母さんからは想像もできないなにかが当然そこにはあったわけで、戦争末期の苦しい時期に女性が子供をみごもるっていうのは一体どういうことなのか、そのあたりを突き詰めたくて次回作に『この世界』を選んだそうです。故に、高樹さんからも当時のお母さんの様子やお父さんのことをいろいろ訊いたと話してくれました。
マイマイ新子この世界の片隅に : 上 (アクションコミックス)この世界の片隅に : 中 (アクションコミックス)この世界の片隅に : 下 (アクションコミックス)


マイマイ新子』舞台挨拶回りと平行して、『この世界の片隅に』の下準備をすすめていた片渕監督。「下準備期間はギャラももらえず持ち出しで、家の貯金が数万円にまで減った」となかなか苦労続きだったようです。また、かつて日テレの「24時間テレビ〜愛は地球を救う」で行われた「マイマイ新子の感想文&似顔絵コンテスト」というコーナーに原作者の高樹のぶ子さんと共に審査員として参加したことがあるそうで(調べたら2010年8月29日放送で、表彰式は朝10時半からだった模様)、「え? そんなのあったっけ?」と思ったらそれもそのはず、「24時間テレビ」というのは昔から一部のコーナーがローカル局独自の内容になっており、この「マイマイ新子感想文&似顔絵コンテスト」*5KRY山口のみの放送で、それ以外の地域では流れていないんだそうです(残念)。で、当時、審査のために山口に赴いたら、たまたま広島でこうの史代さんの原画展が開かれていることを知り、しかもその日が最終日。夕方5時(5時半?)には終わってしまうが、収録後すぐかけつければギリギリ間に合う距離である。制作に取りかかる前に是非一度見ておきたい!と強く思った監督は、久しぶりの再会で積もる話もあったはずの高樹さんを会場に置きざりにして、収録が終わるやいなや原画展に向かってしまったことを申し訳なさそうに告白してました。でも高樹さんの方から「私を置いていきなさい!」と背中を押してくれたそうです(笑)。

「この世界の片隅に」公式アートブック

「この世界の片隅に」公式アートブック


マイマイ新子』のエンドロールで流れている主題歌「こどものせかい」を当時avexに所属していたコトリンゴさん(いまはcommonsに移籍)が担当しているのですが、彼女は監督やスタッフが見つけてきたアーティストではなく、avex側から「うちにこういう人がいるんですけど」と薦められたアーティストさんだったそうです。歌詞の内容は監督から指示したわけではなく、物語を理解した彼女の方から「千年前のお姫様をモチーフにしたらどうでしょう」と提案されて出来上がってきた歌詞なんだとか。で、実は当時、彼女から次に出す予定の新しいアルバム「picnic album 1」(2011年9月22日発売)のサンプルCDをもらっており、いろんな人のカバー曲を歌っている中に、今回『この世界の片隅に』の主題歌として起用することになった「悲しくてやりきれない」も収められていて、聴いてすぐに「主題歌はこれだ」と勝手に心に決めてしまったんだそうです(映画が完成する6年も前に)。岩瀬P曰く、権利関係の問題などもあり、一度は別の人でという要請もあったけれど、監督がどうしてもと譲らなかったんだそうです(笑)。

picnic album 1

picnic album 1

こどものせかい

こどものせかい


マイマイ新子』公開から『この世界の片隅に』完成まで6年かかったわけですが、その間他に何もしてなかったわけではなく、アニメ『BLACK LAGOON』や3本の短編映像を手がけていたと語る片渕監督。今回併映するのはそのうちの2本。1本目はmishmash*Aimee Isobe「これから先、何度あなたと。」のミュージックビデオ(監督:片渕須直 キャラクター・デザイン:青木俊直)。「連続テレビ小説 あまちゃん」の大ファンである漫画家の青木俊直さんの絵で「あまちゃんみたいなアニメが作りたい!」とNHKに企画をもっていったもののあえなく却下されてしまい(苦笑)、それでも諦めきれずに、“ショートカットとロングヘアーの女の子が出てくる物語”というコンセプトだけ残して作った作品だそうです*6。もう1本は、NHKからの依頼で制作した東日本大震災の復興支援ソング「花は咲く」のアニメ版(監督:片渕須直、キャラクター・デザイン:こうの史代)。当初は「『マイマイ新子』みたいなキャラクターで」と依頼されてたのだけど、ちょうど『この世界』のパイロット版にとりかかる準備を進めていたこともあり、こうのさんを呼んでファミレスで打ち合わせしたところ、その場でキャラクターをさっさと2つぐらい描き上げてくれて、それを使い、残りの登場人物はスタッフがこうのさんの漫画からそれっぽいキャラクターを作り上げて完成させたとか。なので、クレジットは「キャラクター・デザイン:こうの史代」となっているけど、デザイン自体にはあまり深く関わっておらず、むしろ映像のコンセプト作りにかなり深く関わって貰ったとのこと。尚、併映されない残る1本は、TOYOTAの企業CMで、ちょっと前までYoutubeにあったけどいまは見れないそうです(制作の裏話はこちらを参照されたし。作品タイトルは『約束への道』)。


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とまあ、こんなところですかね(思い出したら追記するかも)。トーク時間は20分ぐらい。このあといよいよ上映が始まるのですが、舞台袖ではなく座席後方の関係者席に向かう監督にざわつく観客(まさか監督と一緒に観れるなんて!)。席に着くまでガン見です(笑)。上映は『この世界の片隅に』予告(冒頭に主役を演じたのんちゃんのご挨拶が付いたバージョン)→『これから先、何度あなたと。』→『花は咲く』→『マイマイ新子と千年の魔法(35mmフィルム上映)』の順に行われたのですが、各作品のメディア形態が違うせいか『この世界』の予告冒頭で映像が出ないトラブル発生。暗がりの中、突然スピーカーを通して「ユーロスーペースでご覧の皆さま」とのんちゃん(本名:能年玲奈)に話しかけられ、「まさか映写室から生で話してかけてきてるの?」と本気のサプライズを期待してしまいました(爆。いやほら、大手事務所やめてフリーになったからあり得ないことじゃないでしょ?)。大画面で見るのんの瞳はいつも以上にキラキラしてました。続いてのんちゃん(すなわち天野アキちゃん)からバトンタッチされるように『これから先、何度あなたと。』。ところがまたしてもトラブル発生。今度は映像のみで音声が流れない。一緒に観ていた片渕監督がすぐに気づき「音が出てない音が出てない」と呟く声。再び「申し訳ありません!」と駆け込むスタッフはかなり必死な感じでしたが、お客さんはハプニング込みで片渕監督と共に過ごすいまこの瞬間を楽しんでいる様子で明るい笑い声に包まれていました。その後は順調に進み、上映後大きな拍手で無事初日終了となりました。


監督自身は久しぶりの劇場公開、その初日舞台挨拶に登壇し「ここからまたあの日々が始まるんだな」と気を引き締められたようなので、11月より公開される『この世界の片隅に』ではどんだけ挨拶しに行くつもりなのか(笑)。楽しみに待ちたいと思います。


マイマイ新子と千年の魔法』は9/16(金)までの上映となります。劇場は渋谷ユーロスペース。連日夜21時から上映です。




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↑上記以外の「マイマイ新子と千年の魔法」関連過去記事一覧



広島県呉市から山口県防府市へ。『この世界の片隅に』から10年で『マイマイ新子』の世界につながるのか。

公開したら2本通しで観てみたい。



ちなみに、現在、呉市立美術館で『この世界』の特別展開催中。期間は2016年7月23日〜11月3日まで。
こうの史代「この世界の片隅に」展|呉市立美術館





*1:「おとなのためのマイマイナイト」とはなんぞや?という方は以下の公式ブログをどうぞ。岩瀬Pからのご挨拶&ラピュタ阿佐ヶ谷で行われたマイマイ・ナイトのゲスト詳細です。「マイマイ新子」の上映を続けるために (2009年12月11日) | 大人のためのマイマイ・ナイト 続々々報!(2009年12月18日) ←ゲスト情報

*2:公開当時は「DVDも危ういのにブルーレイなんて絶対無理」と言われてたぐらいなんで…汗。

*3:2015年10月10日(土)〜11日(日)に行われた「イーハトーブアニメフェスティバル2015」に参加

*4:2016年8月20日(土)に行われた「ポップラ劇場2016×文化庁メディア芸術祭広島展 野外上映」に参加

*5:コンテストの概要はこちらを参照されたし。KRYテレビ「24時間テレビ〜愛は地球を救う(8/29)」にて優秀者8名を表彰。

*6:ちなみに見てもらうとわかるのですが、後半、「あれ?この単線列車でトンネルくぐり抜けたらそこは海だったて何かで見たことある!」ていう、最後の最後であまちゃんへの未練が隠しきれない映像に仕上がっています。