『ヒーローショー』を観た(@シネコン)

「客入りが心配される映画は初日に観に行け!」というマイマイ新子で得た教訓を生かし初日に観に行きたかったのだけど、うまいこと予定が組めず一週持ち越しになったらあっという間に各地で上映回数が縮小され、おそらく全国的に3週打ち切りコース確実だと思われる『ヒーローショー』をいそいそと観てきました。客は夕方の回で20人ぐらい(一桁覚悟だったのでちょっと安心)。実はうまいこと調整できず『告白』と連続鑑賞になってしまいしんどい一日でした(汗)。でも寓話性が強く映画の中だけでほぼ循環する『告白』とは違い、こっちの方がリアルで明確な展望を持たない分、見終わった後になんともいえない余韻が続き、帰り道いろいろ考えることが多かったです(『告白』→『ヒーローショー』の順に観て正解だった。あ、『告白』もすげえ面白かったのでオススメです)。


映画の詳細は過去記事を参照。


「今回の井筒作品は『パッチギ!』のような青春ムービーではない」ということは聞かされていたので「若者の暴走を描いたバイオレンスムービーかな?」ぐらいの期待でいったら、それも違ってました。これ、ジャンルでいったら完璧《犯罪映画》です。頭に「社会派」ってつけてもいいぐらい。いろいろ感想読んでみると事件の元ネタらしきものがあったようで納得な出来。見るからにDQNな若者グループが、女を寝取られたことへの報復合戦をエスカレートさせ殺人まで犯してしまう課程が非常にリアルに描かれていて、私も一時期DQN思考の人と半年ぐらい共闘戦線を張ったことがあったので、その当時を懐かしく思い出した次第。なんつーか、俠気があって悪い人じゃないんだけど、職場の先輩に借金申し込んで殴られたり、クルマで走ってたらパッシングされたので降りて文句言ったら逆にぼこられたり、むしゃくしゃして壁殴ったら穴が開いたり、仲の良い友人に修理を頼んだらぼられて絶交したり、私が一生かかっても起こるかどうかという過剰なトラブルに知り合ってわずか2ヶ月ぐらいの間に次々と見舞われてゆく様を「なんかすげえ別世界…」と感心しながら見てたもんです。「先輩が●●なんでなんかあったら言ってくださいよ!脅しかけてあげますから!」と明るく言われたこともあった。でもその無駄に良い気前と面倒見が、どんどん問題を複雑化させてゆくんだよなあ。


以下、ネタバレ
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓


でまあ、DQN同士の争いなら他人事として静観してられるのだけど、ここで面白かったのが、これまで暴力とは無縁なごく普通の生活を送ってきたのに、ひょんなことからDQNの報復合戦に巻き込まれ、殺される側から一転、人殺しの共犯という立場に落とし込まれた主人公・ユウキ(ジャルジャル・福徳)の描写。彼は加害側であり見張り役として行動を共にすることになった元・自衛官の勇気(ジャルジャル・後藤)と良好な関係を築くべく努力する。それがあまりにあっけらかんとしていて最初は違和感を覚えたのものの、消費者金融で徐々に会話のテンションがおかしくなりパニックを起こして逃げ惑う姿に、あのあっけらかんとした態度は異常な緊張状態がもたらしたら過剰適応だったのかと合点がいき、彼が非情な暴力に晒された被害者であるという現実が一瞬にして蘇る。名前が同じだという理由で道中二人の間になんらかの友情が芽生えることを期待しそうになるが、井筒監督は徹底して「被害者が自分を殺そうとした加害者に心許すわけねーだろ」とごく当たり前の現実を見せてゆく。でも加害者である勇気は被害者の気持ちを全く分かっておらず、自分らがユウキらにしたことも忘れて彼の行動を好意的に解釈しては心許し最後には解放してしまう。事態が急変し、埋めた死体を別の場所に移すべく勇気はふたたびユウキを殺害現場へと連れて行くのだが、ここでも二人の心はスレ違いは続いていて、連れてこられたユウキは自分が殺されると勘違い。一方、既にある種の信頼感が出来上がってると思い込んでた勇気はユウキがはっきりと恐怖を口にするまでその気持ちに気づかない。身の安全が確実に保証されるまでユウキの恐怖感が消え去ることはない。そんな当たり前の被害者感情をきちんと描いてることに感心するし、そのことを忘れ、被害者の気持ちを自分の都合のいいように解釈してしまう鈍感さを、勇気だけでなく私自身も持ち合わせていたことに少なからず気づいてしまったのが、この映画の一番嫌らしいところかもしれない(汗)。


あのままでも彼らの行く末はある程度見えてるけど、個人的にはメンバーの誰かひとりぐらい警察に駆け込んでほしかったなあ。最後の方はそればっか気になって鬼丸兄弟のことすっかり忘れてたから(笑)。


↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
ネタバレ終了


しかしラストあの曲で締めるとは・・・。どんなジョークよ。監督が一番恐いわ。なんだか無性に『のど自慢』が観たくなりました。