『足利事件』報道についての比較検証その2(DNA鑑定に使用された「毛髪」のゆくえ)

引き続き、各新聞紙面を比較して出てきた気になる点について検証してみたいと思います。前回の検証は↓こちら。
『足利事件』報道についての比較検証その1(少女趣味の裏付けとされた押収物のゆくえ)


検証その2:DNA鑑定に使用されたのは毛髪?体液?

事件報道においては、被害者や読者・視聴者への配慮等から、直接的な表現を避けたり、広義の意味を持つ別の単語に言い換えるといったことがしばしば行われます。わかりやすいところでは「強姦」を「暴行」や「乱暴」としたり「精液」を「体液」としたり。そういった「言い換え」や「省略」がなされていることについて、報道の際にマスコミ側も明言してくれればいいのですが、なんとなく暗黙の了解みたいなかんじでいつもうやむやにされています。今年5月から裁判員制度がスタートし、報道に関するガイドラインをネット上で常時公開している新聞社も何社か出てきていますが、各社で使用されてる「マスコミ用語一覧」みたいなものについてはまだアクセスしやすい形で一般に広く公開されてはいないので、報道に接した読者・視聴者が、前後の情報を頼りに正確な情報を「推察」するという作業を常に強いられている状態です。推察した結果が事実と合致しているかどうかを簡単には知ることができない、そもそも「言い換え」に統一性があるのかどうかもわからない現状においては、あえて曖昧な表現を用いることで故意に誤読を誘発し、マスコミや警察の印象操作に利用するということも不可能ではないし、実際にそういう形で利用されているのではないかという懸念も生じます。


DNA鑑定の結果が犯人を特定する唯一絶対の物的証拠として重要視された『足利事件』ですが、最近の報道をみると、DNA鑑定に使われたのは「被害女児の半袖下着に付着していた犯人の遺留体液」であり、各社とも一貫してこのように報じています。しかし逮捕当時の報道をみると社によってまちまちで、鑑定に使われた遺留物のことを「体液」と言ってみたり「毛髪」と言ってみたり「○○など」と複数あるかのようにぼかしてみたり。容疑者とされた男性の方も同様で、情報ソースはどこも同じ捜査本部であるはずなのにかなりの食い違いが見られます。そのあたりのいい加減さが興味深かったので今回改めて検証し直してみることにしました。


比較する紙面は以下のサイトに掲載されたものを使用しますが、一語一句間違いのない正確な情報が知りたい方は、各新聞社の記事が検索できるサイト(有料)がありますので、そちらで再度確認していただけるとありがたいです。(→ G-Search 新聞雑誌記事横断検索(年会費1,000円+従量制(見出し5円/記事1件100円)))

【当時の報道】
足利事件当時の新聞報道 ※読売新聞(1991/12/1,2,1992/2/14付)の記事
足利事件 ※読売新聞(1991/12/1,3,22,25付)、朝日・毎日新聞(1991/12/1付)の記事
足利事件、逮捕当時の報道 ※東京新聞(1991/12/2,3,22,1992/1/16付)


【DNA鑑定に使われた遺留物に関する情報】
足利事件に関するルポルタージュ(pdfファイル)
<「足利事件」とDNA鑑定>佐藤博史弁護士に聞く

尚、引用にあたり個人名は全てイニシャルに変えさせて頂きました。


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各紙を比較する前に、事件当時DNA鑑定や血液型鑑定に用いられた「遺留物」と、その「入手経路」についてまずは明確にしておきたいと思います。

犯人側:
 渡良瀬川の水中から発見された被害女児の半袖下着に付着していた微量の遺留精液(←DNA鑑定・血液型鑑定に使用)


容疑者側:
 ローラー作戦を行ってる際に任意提出を受けただ液(←血液型鑑定に使用)
 男性が出したゴミ袋の中から押収したティッシュに付着していた精液(←DNA鑑定・血液型鑑定に使用)

これを踏まえた上で各紙記事を検証してみたいと思います。



まずは逮捕の前日、容疑者とされた男性が任意同行を受けた日(12月1日)の朝刊で報じられた情報です。

読売新聞(12月1日付 朝刊)

M・Mちゃんの衣類に付着していた男の体液のDNA(デオキシリボ核酸)と元運転手のものが一致」
「捜査本部は、現場近くで見つかったM・Mちゃんの衣類に付いていた体液と、内偵中に入手した元運転手の毛髪警察庁科学警察研究所に送り、血液鑑定とDNA鑑定をした結果、「ほぼ同一人物の遺伝子。他人である確率は千人に一人」との結果を得た。血液型も一致した。」

朝日新聞(12月1日付 朝刊)

「重要参考人を近く聴取 毛髪の遺伝子ほぼ一致」
「これまでの調べで、現場に残されたMちゃんの衣服に付着していた、犯人の物と見られる毛髪などを遺伝子鑑定(DNA鑑定)した結果、この男性の遺伝子とほぼ一致した。遺留品の毛髪などがわずかしか残っていなかったが、遺伝子のパターンがこの男性のものと一致する確率はかなり高いという。また、これら遺留品から判明した血液型(B型)とも一致した。」

毎日新聞(12月1日付 朝刊)

「同県警足利署捜査本部は30日までに、身辺捜査していた同市内の元運転手(45)の体液遺体発見現場に残されていた資料をDNA(デオキシリボ核酸)鑑定で照合したところ「一致する」との鑑定結果を得た。」
「この元運転手の身辺捜査を続けている過程で体液を入手警察庁科学警察研究所にDNA鑑定を依頼したところ「Mちゃんの衣服に付着していたものと一致する」との鑑定結果が出た。」

この時点では各社とも言ってることがバラバラです。ただし逮捕前日に出された記事なので、捜査本部からの公式発表ではなく、各記者が捜査員からの聞き込みでバラバラに得た情報だからなのかもしれません。


しかし、翌2日、3日の記事も、「読売新聞」では終始一貫して「犯人側:体液、容疑者側:毛髪」で通しています。

読売新聞(12月2日付 朝刊)

「捜査本部は、この後一年を超える内偵で、S容疑者の毛髪を入手M・Mちゃんの遺体などに残された体液とDNA鑑定を依頼、先月下旬、ついに「他人である確率は千人に一人で、ほぼ同一人物と断定できる」との鑑定報告を手に入れた。」
「M・Mちゃんが失踪したのは昨年五月十二日午後六時半。この約十六時間後に遺体を発見、比較的新しい状態でM・Mちゃんの遺体から犯人の体液を採取したことが、結果的にDNA鑑定の成功に結びついた。」

読売新聞(12月3日付 社説)

「今回の事件では、幼女の衣類に残されていた微量の体液元運転手の毛髪の遺伝子DNA(デオキシリボ核酸)が一致したことが、逮捕の有力なキメ手になった。」

この時点でもまだ「毛髪」って言ってるところをみると、詳しい情報が捜査本部から公式に発表されていないのでしょうか。


そして大手三社から遅れて報道をスタートさせた「東京新聞」の記事では、、、

東京新聞(12月2日付 朝刊)

「事件当時、遺体に残っていた体毛元運転手のだ液などをDNA鑑定で照合した結果、一致したことが決め手となった。」
「同署で捜索した結果、翌十三日午前十一時二十分ごろ、パチンコ店から約五百メートル離れた渡良瀬川左岸のアシの茂みの中で、Mちゃんの遺体を発見。死因は窒息死で、近くに捨てられていたスカートの中から、犯人のものとみられる毛髪が発見され、犯人の血液型はB型と分かった。」
「捜査本部は慎重に身辺調査を続け、入手した元運転手のだ液などを、警察庁科学警察研究所にDNA鑑定を依頼。」

東京新聞(12月3日付 朝刊)

「捜査本部は今年の夏、同容疑者から体毛、体液などを入手警察庁科警研にDNA配列とMちゃんの遺体に残された犯人の体液などのDNA配列が一致することが分かり、容疑者の犯行を決定づける証拠となった。」
「その難しい捜査の突破口となったのが、Mちゃんの遺体に付着していた犯人の体毛のDNA鑑定だった。捜査本部は市内全域を対象にしたローラー作戦で、S容疑者(四五)が捜査線上に浮かんだ後、ひそかに行動を監視。地道なアリバイ捜査を続けるとともにDNA鑑定に必要な犯人の体液の入手に全力を挙げた。これまでにリストアップした不審者の中から、Mちゃんの遺体に付着していた犯人の体毛と同じB型の血液型を持つ全員からも、だ液を任意で提出してもらった。だ液の任意提出は、試験紙片をちょっとなめるだけの簡単なもの。この中にS容疑者も含まれており、DNA鑑定をした結果、確率はやや落ちるものの一部がS容疑者の遺伝子と一致した。」

書いてる記者が違うのか、同じ日の記事内でも情報が食い違っています。


まとめると、逮捕当時、DNA鑑定に使用されたと報道された遺留物・押収物は以下の通り。

犯人側

「衣類に付着していた毛髪など」「遺留品の毛髪など」(朝日新聞 12/1付)
「衣類に付着していた体液」(読売新聞 12/1付)
「遺体などに残された体液」「遺体から犯人の体液を採取」(読売新聞 12/2付)
「衣類に残されていた微量の体液」(読売新聞 12/3付)
「遺体に残っていた体毛など」「スカートの中から発見された毛髪」(東京新聞 12/2付)
「遺体に残された犯人の体液など」「遺体に付着していた犯人の体毛」(東京新聞 12/3付)
(「遺体発見現場に残されていた資料」「衣服に付着していたもの」(毎日新聞 12/1付))

容疑者側

「内偵中に入手した毛髪」(読売新聞 12/1付、12/2付、12/3付)
「身辺捜査を続けている過程で入手した体液」(毎日新聞 12/1付)
「入手しただ液など」(東京新聞 12/2付)
「容疑者から体毛、体液などを入手」「任意提出を受けただ液」(東京新聞 12/3付)
(「男性の遺伝子」(朝日新聞 12/1付))

犯人側は「毛髪・体液・体毛」、容疑者側は「毛髪・体液・だ液」。実際に鑑定に使用されたのは、犯人側「体液」、容疑者側「体液・だ液」なので、逮捕当時の報道で複数の新聞社に取りあげられた「毛髪(体毛)」というのがなんだったのかいまとなってはよくわかりません。



今度は少し視点を変え、DNA鑑定に使用された体液やだ液の入手経路から検証してみたいと思います。

犯人側:
 渡良瀬川の水中から発見された被害女児の半袖下着に付着していた微量の遺留精液(←DNA鑑定・血液型鑑定に使用)


容疑者側:
 ローラー作戦を行ってる際に任意提出を受けただ液(←血液型鑑定に使用)
 男性が出したゴミ袋の中から押収したティッシュに付着していた精液(←DNA鑑定・血液型鑑定に使用)

容疑者とされた男性の方は、捜査中に任意提出を受けた「だ液」(これは足利市に住む多くの男性が提出を求められたようです)とゴミ袋の中から押収された「精液」が鑑定に使用されました。報道では「体毛・毛髪」の名も上がってますけど、逮捕後に本人から改めて血液や毛髪、精液等を採取するようなことはなかったので、そのあたりの情報と混同されてるということはないようです。容疑者とされた男性の体液は彼が出したゴミ袋の中から採取されているので、ゴミ袋の中に他に体毛や毛髪が一緒に入っていても別段不思議ではなく、そのあたりが混乱して伝えられてる可能性はあります。


一方の犯人側ですが、被害女児の遺体は川の中ではなく河川敷のアシの茂みの中から発見されており、行方不明になった翌日昼には遺体発見に至ってます。にもかかわらず、精液が採取されたのは「川の中から発見された半袖下着」。半日以上も川の中に浸かってたような微量の遺留精液をわざわざDNA鑑定に使用しなければならなかったということは、「遺体やその周辺からはDNA鑑定に使えるような犯人の精液その他は発見されなかった」ということなのでしょう。しかし逮捕当時の各新聞の報道をみると「女児の衣類に付着していた」という表現は見られても、その衣類が「川の中から発見された」という情報は秘匿されてますし、記事によっては「衣類に残された」ではなく「遺体などに残された体液」「遺体から犯人の体液を採取」「遺体に残っていた体毛など」「遺体に残された犯人の体液など」「遺体に付着していた犯人の体毛」などとあたかも“遺体から直接採取した”かのように表現されており被害者への配慮という建前から外れた行為のように思えます。また、複数の新聞社によってDNA鑑定に使われたと報道された「犯人の毛髪」ですが、「スカートの中から発見された」などとかなり具体的な記述も見られるのにいま現在まったく無視されているのは、はじめから存在してなかったのか、家族や被害者のものだということが後に判明したのか、精液で行った鑑定とも容疑者とされた男性の鑑定とも一致しなかったからなかったことにされているのか、真相はよくわかりません。


捜査本部の情報があいまいだから情報が錯綜してるのか、マスコミがいろいろと配慮した結果混乱しているのか、両面兼ね備えた結果だとは思いますが、裁判員制度スタートに向け各社で制定されたガイドラインには「捜査情報の出所を明確にする」とされており、伝えられた情報が「捜査員」からのものなのか「捜査本部」からのものなのかということも明確に区別し明記してもらえると、各社の情報が一致しなかったときの有効な判断材料になるのではないかと期待しております。ただ、ガイドラインはあくまでもガイドラインなので、それがきっちり施行されてるかどうかは、マスコミが浮き足立ちそうな事件が起こったときにでも再度比較検証し確かめてみる必要はありそうですね。


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最後に、報道における言葉の「言い換え」「省略」ということでいえば、最近の報道でも、犯人の体液が採取された衣類のことを「女児の下着」と報じてるところと「女児の半袖下着」と報じてるところがありますよね。ちょっとした違いではありますが、「下着」だけだと「シャツ」より「パンツ」を連想させより卑猥な印象を与えるので、「被害者に配慮して」という建前のもと日頃から報道を行ってると言うならば、「下着」ではなく「半袖下着」とより正確な情報でもって報じるか、「衣類」というより広義な言葉に言い換えた方がよいのではないかなと思います。そうでなければ、「精液」を「体液」と言い換えてるのも、結局決まりだから機械的にそう言い換えてるだけであって、何故そう言う言い換えが必要なのかという根本的なことについては普段まったく頓着していないということになるのではないでしょうか。



以上、終わり。


あとは、『足利事件』の容疑者逮捕から約3ヶ月後に発生し、同じDNA鑑定法が使われたことから「東の足利、西の飯塚」と言われてる『飯塚事件』の新聞記事をUPしたら終わりです(こちらは検証なし。『足利事件』の目撃情報のように、発生当初は有力情報として報じられながら、いまやググッても全く出てこない目撃情報があるので、アーカイブとしてネット上に残しておきます。もしかしたら「あれは自分です」という人が現れたのかもしれませんけど、そのあたりの経緯がよくわからないので念のため)。