山本暎一(『哀しみのベラドンナ』他アニメラマ全三作品監督)発言集

久しぶりに面白い人を見つけた!と思える人に出会った。ドラマ『女王の教室』で大塚恭司ディレクターを見つけた時の興奮が甦るほどの人物。それが、商業作品のみならず実験的な短編アニメをも積極的に作っていた虫プロが、今から35年も前に大人向けのアニメとして制作したアニメラマシリーズ三作品(『千夜一夜物語('69)』『クレオパトラ('70)』『哀しみのベラドンナ('73)』*1)の監督を務めた山本暎一*2。アニメーションへの取り組みが実に挑発的で、どういう頭の構造をしてたらこういう表現が次から次へと出てくるのか脳みそ開いて中を覗き見たくなるぐらいにアイデア豊富で、セルアニメの枠にとらわれない自由な発想の持ち主。虫プロというアニメ制作会社の性格や時代の影響もあるんだろうけど、面白さを追求するために必要だと思えば、異業種だろうと人材・手法なんでも取り入れる貪欲さを持ち、適材適所を実現するのに不可欠な「才能をかぎ取る嗅覚」もバツグン。既成概念をぶち壊し異物をぶつけ合うことによって生まれるエネルギーこそが面白いものを生み出すんだと言い放つその姿勢にもシビレる。同じアニメでありながら全く相容れない二つの世界(「商業アニメ」と「アートアニメーション」)をつなげるホント希有な人。こんなクリエイターが30年以上も昔に「商業アニメの世界」にいたのかと思うともう笑いが止まらないのだが、公開当時、アニメラマ第1弾『千夜一夜物語』第2弾『クレオパトラ』は大ヒットしたものの、彼が自分の本質を全面に押し出した第3弾『哀しみのベラドンナ』は興行的にもコケ、内容が過激で前衛的すぎるという理由から作品としてもまったくといっていいほど評価されてこなかったと聞く。興行的にはコケたが作品的にはかなりの評価をもらった『マインド・ゲーム('04)』の30年も前に、同じようなことに挑戦する人がいたんだよということをしかと心に書き留めるべく、山本暎一監督のアニメーション監督としての本質が垣間見えるような発言をここに集めてみた。昨日UPした作画監督・杉井ギサブロー氏の発言集と併せて読んで頂ければ幸い。


実際には映像を見た上でないとなかなかにその凄さが伝わりづらい部分もあるので、時間のある方は現在ポレポレ東中野リバイバル上映中の『アニメラマ2006〜親子で見れない手塚アニメ〜哀しみのベラドンナ/千夜一夜物語/クレオパトラ』へ是非とも足を運んで頂きたい(1/12(金)まで公開)。それが無理だという方は廉価版DVDも出てますんでひとつヨロシク(オーディオコメンタリーの一部を↓に抜粋)。予告編はこちらからどうぞ。

山本暎一 DVD『千夜一夜物語』収録・スタッフ座談会より('86年9月『千夜〜』LD発売時収録)


「ディズニーもそうなんだけど、それまでの東映動画とか本流のフルアニメーションっていうのは、描く前に石膏なんかで像を作るんだよね。それでその人物が180度回転してもちゃんと動かせるようにまるまるとした立体的なキャラクターにするわけですよ。ところがやなせ(たかし)さん*3の絵っていうのはそういう風にならないんだよね。平面的になってて。だからある角度からなら描けるんだけど、これを一端振り向かせようとしても向かないわけ。そういう方がかえって苦労した分また面白い表現が生まれるんじゃないかと思って、わざと動かしにくい絵を選んだんですよ。」


「エロティシズムの表現っていうのがこの作品では非常に難しかった。それまで子どもモノしかやってこなかったからね、虫プロは。それがいきなり色気をださなければいけなくなったわけで。ここ(男女の肉体が絡み合う様子を抽象的に描いた全編ピンク色のシーン)が杉井ギサブローが描いたシーンですよ。どういう風にやるかっていうと、参考にしたのはハンス・ベルメールで、あの人の絵とか彫刻っていうのはカラダの各部分がちゃんとした関係ではなくって、手がいきなり腕になったり腹から急に頭が出たり人体の各部の関係が自由自在に動いていて、それをとにかくやろうとして。(-中略-)これは外国でも非常に評判がよかった。」(関連:ハンス・ベルメールの作品


「これ、やってたときは随分エロティックにしたつもりなんだよ。だけどいま観てみるとそんなでもないって感じがするね。いまはもう、すごいからね。エロチシズムっていうのはアニメーションの場合、動きで出さなければいけないと思うんだよね。形でいくら性器の丸見えが描かれてあっても止める絵ではダメなんであって、動きでエロチシズムを感じないといけない。そいう点ではこの作品ってのは随所にいい点があると思う。あるんだけど、いまはセックスそのものが直接描写になっているんで、そういう点でちょっと変わってきてる。この頃はまだ(直接的な)セックス描写は少ないよね。」


「(「実写との合成は大変だったでしょう」と訊かれ)ほんとは絵と実写っていうのは合わないものだからね。でも異質なものを組み合わせることで一種のコラージュ効果っていうのかな、違和感がかえって魅力になるっていう。」


「この頃の虫プロっていうのはめんどくさいなんてことは誰も思わなくて、かえってめんどくさいやり方をしなければならない場面があったら喜んでやってたけどね。アニメーションっていうのはそういうところがないとダメなんだよね。手間を惜しんだらいい画面っていうのはできない。」


「この作品はいろんな人が加わってそれぞれがすごい自己主張して作ってるんだよね。それで面白いっていうところもあるんじゃないかね。「オレがオレが」って「オレじゃなきゃ」ってみんながのさばってやったところがあるから。(その辺りを監督としてまとめてゆくときの苦労を問われ)ほんとに一人の絵描きが描いたみたいに徹底的にひとつの個性でまとまるっていうのもいい作品になるとは思うんだけど、異質なものがぶつかりあう所から出るエネルギーっていうのがひとつの作品になり、そこから面白さになると思うんだよね。そういう点ではかえってみんなに好きなようにやってもらって、ただムチャクチャになっても困るんで若干の統一性はとっていくということだと思うんだよね。でもこれやってるときはそんな難しいことは考えないで、割にみんな楽しんでやってた。だから非常に時間がなくて徹夜が多くてそういった点ではきつかったけど、中身についてはみんな割と楽しんでやってたから面白かったんじゃないの? その作った人の面白さっていうか楽しんでやってる感じがやはり画面に伝わってくると思うんだよね。」

千夜一夜物語 [DVD]

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山本暎一 DVD『哀しみのベラドンナ』収録・スタッフ座談会より('86年10月『哀しみの〜』LD発売時収録)


「アニメーションっていうのは絵の作品だから美術的感覚って絶対必要なんだよね。やっぱり作品全体がひとつのアートとして出来上がってなかったら価値は半減だからね。」


「アニメーターっていうのはどうしてもナチュラリズムにいってしまうわけ。だから演技にしても、日常自分たちが外見で見てる演技をさせてしまう。それはその方が楽だから。だけど必要なのは外見じゃなくて内面的なものが仕草ってものに現れてくるわけだから、生身の人間は身体の構造からこういう風にしかできないけれど、アニメーションは描けばいいわけだから。もっと違う表現の仕方ってものがあるわけなんだよね。」


「始めに深井(国)さん*4にお願いしたのは『線をつなげないでください』ということ。トレースや彩色を考えたら女のカラダの線がくっついてないってのはありえないことなんだけど、そうやって日常の生理、ナチュラリズムをぶち壊していき、そっから本質みたいなやつがどれだけ出てくるのかを掴みだしたいんだよね。これがなかなか(アニメーターたちに)伝わらない。」


「やっぱり映像っていうのは、既成のやり方を踏襲してゆくんじゃなくて、既成のやり方では出来ないことを一生懸命考えてくところに新しいものが出るみたいなね。」


「止まってる絵、【止め】っていうのもひとつの動きなんだよね。普通の絵描きさんは止めの絵しか描かない。でもその中に動きを表現してゆくわけだよね。だから【止め】っていうのは動きの極端な形でのひとつの有り様だと思う。」


「(口が動いてないのに台詞を喋ってるシーンについて)日本には歌舞伎や能というものがあって非常に(動きを)抽象化してゆくわけだよね。抽象化しながらリアリティを出してゆく。更に進んで文楽っていうのもあるんだよね。文楽の人形は口パクがあるかっていったらないわけだよ。なくたって当然のこととしてそこにリアリティを感じて見てるわけだよ。そういうのは習慣の問題で、習慣の問題としてお互いにわかりあってるなら動かなくてもいいんじゃないかと。かえって止めた方が新鮮な機微があるんじゃないかと。逆に今度は、普通なら動かないモノが動いたら、これも非常にショックだと思うし。そういうモノに人間の内面を仮託して出してゆく、、、そういうのが基本的な【動き】に対する考え方。」


「エロチシズムっていうのは裸の女を描けば出るか、女がこっちに向かって股開げてれば出るかっていったらそうではないんだよね。ごく直接的な卑猥なシーンにはなるかもしれないけれど、エロチックなシーンっていうのはもっと精神的な作用だから。精神的なところでつかまえてないと出せないところがある。それは言葉で、理屈でわかってるってもんじゃなくて、その人の持ってる官能性だと思うんだよね。そういうのが(ギサブローさんには)あるんだと思う。」


「(実写ではヌーベルバーグやアメリカンニューシネマ、インディーズ、カルトムービーといった形で本流とは異なる作品も一定の評価を受けられるのに何故アニメではダメなのかと問われ)これボクはそんなにね、ヘンなものを特別に作ったっていう気はなくてね、ごくまっとうなアートの作品だと思うんだよね。まあ、わかりにくいところがあってもそれは何遍も観て理解すればいいのであって、そんなフェリーニだろうがパゾリーニだろうがゴダールだって、みんな難しいよそれは。でも前はそういうのが商業作品として一般のとこにかかってたんだから。かえってそういうものと取り組む方が人生楽しいとこもあるわけだよ。その一方でやっぱりアートとして生理的にも美しくていい音楽で楽しいってものがあればいいわけで。そういう点ではアニメーションでそういうものを作ったときに、アニメーションとはそういうものではなくてテレビでやってるようなね、いまテレビアニメの手法で映画が作られているわけだけれども、そういうものがアニメなんだ!と既成概念で捉えられちゃうとこれは枠外に出てしまうんだよ。これはなんだ!?ってね。でももっと前はディズニーの黄金時代があって、東映動画がはじまったときもみんなディズニースタイルだったわけ。そういう中から、ディズニースタイルではテレビアニメは作れないってことで虫プロで僕らが独特のテレビアニメのスタイルってのを作り出したのね。それは当時アンチテーゼだったわけだよ、ディズニーに対して。しかしいまはそれがテーゼになってしまってる。あれがアニメの基本のスタイルだと思っちゃってるわけ。そっから外れると「なんだコレは?」ってなっちゃう。だけどホントはそこを打ち破っていかなくちゃいけない。これなんかはそういうところで打ち破ってコミットした作品なんだけど、やっぱりいざ出てみると【当惑】がある。ただ最近になってみると、これが出て15年ぐらい経つわけだから、その間に随分テレビのアニメの映像を見て、そういうもので作られた映画を観て、なんかぼつぼつ飽きがくるっていうか、もっと他にもいろいろと可能性があるんじゃないの?って面もあるんじゃないかと思うし、それからアニメ…も含まれるんだけど、音楽のビデオクリップなんかで非常に斬新な映像が出てきてるし、そういうものを取り入れたテレビのコマーシャルも最近多いよね。そういう一連の社会的な状況の中でもう1回見直してみると、決してこれは異端児じゃなくて、若干早かったかもしれないけれど、次の時代の歩みのとっかかりになってるんじゃないかなあという気がするんだよね。」


哀しみのベラドンナ [DVD]

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■山本暎一インタビュー 第3回[再掲]より('03年11月収録)


「画を頼む時にも、抽象的に頼むわけですよ。絵描きさんて、抽象的に頼んだ方が上手く描ける人と、具体的に言わないと分かんない人がいるんですよ。深井(国)さんという人は抽象的に頼むとピッ! と分かっちゃう。具体的に言うとダメなんですよね。だから、そういう点でやりやすかったですよね。」


クリムトだけじゃなくって、その、全体にマニエリスムっていう画風がヨーロッパにあって。それをやろうとしたんですよ。やっぱりアニメーションというのは、絵画で言えばね、マニエリスムとかね、ちょっと一手間加えたものに近い部分があるじゃないですか。それを実際に映像に取り入れたらどうなるかというのがあったわけですよね。」(関連:クリムトの作品マニエリスム


「(アニメラマ三部作について問われ)この3本はね、当時の僕が「自分はこれからこういうアニメーションをやってくんだぞ」という事を示す、プレゼンテーションだったんですよ。前にも言いましたけど、『千夜一夜』と『クレオパトラ』の一般大衆路線ですよね。もうひとつが、やや高級になるけど『ベラドンナ』みたいなものですよね。で、『千夜一夜』『クレオパトラ』の路線で言えば3作目、『ベラドンナ』で言えば2作目が、続かなかったんですよ。それはいまだに続いていないわけですよ。それを誰かがやらないと困るな、という気がしている。子供ものが発展したアニメでは、どこかに甘えがある。アニメに、黒澤明大島渚や、ルーカスやスピルバーグが出ないといけない。虫プロが潰れた後、ドキュメンタリーをやってきて、アニメに戻って、僕が一番思うのがその事です。」


ちなみに、山本監督はテレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト」の企画段階から深く制作にかかわり、当初は監督もする予定だったのが海外ロケの仕事が入ってしまい松本零士に代わりを依頼。ネットをうろうろしてたらあの有名な「宇宙戦艦ヤマト著作権裁判」の判決文にその経緯とヤマトの制作工程が非常に詳しく載ってたので、いろんな意味で興味のある方はこの機会に一読されたし。
宇宙戦艦ヤマト事件判決
宇宙戦艦ヤマト - Wikipedia


*1:正確には『ベラドンナ』のみ「アニメラマ」ではなく「アニメロマネスク」と呼ばれた。ヌーベルバーグなどを好んで観に来るような大人の観客を対象にし、アニメラマのような一般大衆向け歴史絵巻作品と比べ、より小品で文学的な路線を目指しそう呼ばれたが、制作直後に虫プロが倒産したためシリーズ化されることなくこれ1本で終了。現在はアニメラマ作品としてひとくくりにされている。

*2:クレオパトラ』のみ手塚治虫との共同監督。

*3:アニメラマ第1弾『千夜一夜物語』の美術・キャラクターデザインは『アンパンマン』でお馴染み、漫画家のやなせたかし氏が担当してる。手塚先生の絵ではどうしても子供っぽくなってしまうということで誰がいいか探してるときにギサブローさんが「やなせさんがいい」と言いだし、言われて見れば確かに適役と思い彼にお願いしたそうだ。ちなみにまだアンパンマンを描く前なので絵柄は全く異なります。

*4:哀しみのベラドンナ』で美術・キャラクターデザインを担当したイラストレーターの深井国氏。当時はハヤカワ文庫SF「階層宇宙の創造者」「折れた魔剣」「階層宇宙の危機」等の挿絵などでも活躍。