人は絵本から何を受け取るのか、茂木健一郎(脳科学者)×椎名誠

先日、NHK教育で放送されたETV特集 椎名誠の絵本を旅する』において椎名誠茂木健一郎脳科学者)の対談が行われてたんだけど、そこで話されていた内容がここのところ漠然と感じていたことに通じるので、レコーダから削除する前に文字起こししとこうかと思う。

椎名(以下S):これね、茂木さんの専門分野の見解を知りたいんだけれども、今回たくさんの絵本を見てきて、ストーリーのあるモノがかなり多いんだけれど、逆にストーリーが全くない絵本もあるんですよ。そして、何度読んでもボクにはよく分からない、何を言ってるんだろうと思う絵本も随分あるんですね。ただそれが、ものすごいロングセラーだったり、みんなに評価されている名作だったりする。子供達は、ああいう何のストーリーもなく何を言ってるんだか分からないっていうものを結局は面白がっているはずなんだけれども、そこには、常識を踏まえた大人たちの受け取る脳と子供達のまだ無垢な脳との違いが何か関係してるんでしょうか。


茂木(以下M):子供って《目眩》が好きですよね。「たかいたかいたかいー」とか。自分の住んでる世界とちょっと違う世界をのぞき込むって事に対してすごくワクワクするというか、喜びを感じるっていうそういう脳みそなんですよね。大人になるとだんだん世間のことが分かってきてだんだんそういう気持ちがなくなってきちゃうんだけど。あと、寄り道する話が意外と好きじゃないですか。子供って「早くごはん食べなさい!」って言ってもなんだかんだとグズグズしてたりしますよね。大人になると目的がパッと定まってそこに一直線に行くんだけど、子供は目的を達することが目的なんじゃなくて、その途中で寄り道する事の方が楽しかったりするから、「寄り道する」って話が子供は好きなんじゃないですかね。大人はなかなか「早く感動させてくれ!」とか「早くストーリーの先を読みたい!」っていうふうになっちゃうじゃないですか。


S:それは何故なんだろう。


M:子供の方がきっと賢いとこがあるんだと思いますよ。僕たちはいま「ある能力を獲得することは必ず何かを失うことと対になってる」と考えているのですが、「子供が大人になる」っていうのは、だんだんといろんな能力を付け加えていくことだと思ってるんですけど、そこで失われる能力が必ずあるはずなんですよね。


S:そうか、子供っていうのはまだ情報量が少ないし蓄積量も少ないから与えられたお話に対してごくごくノーマルにピュアに対応できるということですか。


M:知ってることより知らないことの方が多いので、「何かが書いてある」ってことよりも「書いてある向こうにある何か」を想像しちゃうんじゃないかと思うんです。だから絵本って、情報量にしたら少ないかも知れないけれど、文字とか。でもその向こうにあるものをくりかえしくりかえし味わいたいと思うっていうか、ちょうど「空き地」と同じですよ。


S:ああ。


M:いまどんどん空き地が無くなってますけど、空き地があって初めて出来ることがあって、絵本の中には空き地がいっぱいあるんじゃないかなと。やっぱりそれが子供にとって絵本が大事な理由なのかな、と。(自分は)なんとなく大人になった後、絵本たちに対してちょっと斜に構えたスタンスを取ってた時期があって、文章が2段で書かれてる方がいいとか。でもそうじゃなくて、上手い形でスペースを残しておくっていうのはものすごく難しいことで、それを絵本はやってくれてるんだなと。ちょうど空き地があったり雑木林があったりするのと同じような世界が絵本の中にあるっていうのが一番いいことなんだなと思うようになりました。


S:ただ、文化の中の空き地である絵本の存在場所ってのが昔ほど奔放じゃ無くなってきた気がするんですよ。というのは今回の取材でこれまでのロングセラー、あるいは世界の名作と言われるものを改めて眺めてみて、それから最近の新しい作家たちの絵本をまとめて随分見たんですよ。そしたらね、そこで最初に感じたのは「スケール感の無さ」だったんですよ。突飛なのがほとんど無くて、割合当たり前の生活の延長線上に起きている何かが舞台で、そこにたまたま動物だかバケモノだかわからない何かのキャラクターが何かしてるってのが多いんですよね。まあつまりちっちゃくなっちゃってるんですね。スケールとしてはね。それが現代なのかなー、あるいはたまたまボクの周りにそういうのが来なかったのかなーと、その辺は分からないんですけど。


M:いやきっとそれが現代なんではないかと懸念しますけどね。

最近自分の考えがどんどんどんどん楳図先生寄りになってきてるのを痛感してるところに改めてこういう話を聞かされると、ますます「つまんない大人なんてもうどうでもいい!」とか思っちゃうイケナイ傾向。最後の椎名さんの話は、映画業界でも誰かがそんなことを対談か座談会かインタビューで話してた気がします。