今年もそろそろ終わりです

31日です。大晦日です。結局、掃除が終わらず、今日もギリギリまで掃除で、夕方には実家へGO!です。年をとってからの1年は脱兎のごとく逃げ去る、いや、疾風のごとく過ぎ去ると言いますが(どっちや?)、昨年の今頃の壮絶な感じからからもう1年かあなんて振り返ってみると、いくらなんでもちょっとおま早すぎじゃね?って、後ろの人に言いたい感じです。


来年はついに3並びのゾロ目なお年頃。ちょっと縁起がいい気がする(ちょいとソコの人、気のせいなんて言わなーい)。そんなときに竹熊さんとこでこんなエントリーを読みました。


数学が苦手です(@たけくまメモ)


「そんなときに」と書きながら「縁起がいい」という話とはなんのつながりもないネタですが(いや、来年の抱負を言わねばと思い出しのがこのネタだったわけで)、何が言いたいかというと、このエントリーで竹熊さんはこうおっしゃってる。

年の瀬にこんなことを書くのも何なのですが、数学が苦手でたまりません。(−中略−) どうも俺は典型的な視覚型人間のようでして「絵になるもの」以外はよく理解できないようです。いわゆる抽象思考が苦手みたいなんですが、(−中略−)大学以上の高等数学になると次元の問題を扱うそうですね。4次元まではSFなんかで俺にも馴染みがありますが、5次元とか25次元とかあるじゃないですか。なんですかそれは。4次元の「タテ×ヨコ×厚み×時間」まではわかりますが、25次元ってあなた。まったく頭に「絵」が浮かばないので、今でも理解の外であります。


そういえば子供の頃の「少年マガジン」で大伴昌司先生がそういったSF的概念を「図解」されていました。(−中略−)当時のマガジンの大図解を見てつくづく感心するのは「この世の森羅万象ことごとくを絵にしてやる」という執念がどのページにも漂っているところです。(−中略−)この特集を読んだだけで、4次元というものが正確な理解はともかく「わかった気」になるのですからたいしたものです。


ただしその影響で、「絵にならないものは理解できない」という悪しき感性もできあがってしまったようです。おそらく俺の数学嫌いも、そのへんから来ているのかもしれません。

・・・ああ、そういうことですか。私も典型的な視覚型人間です。わからないものは端から絵にして理解しようとします。それがそもそもいけないのだと。文字とか数字とか抽象的な概念をそのままの形で受け入れるのではなく、わかりやすい形に具体化具現化しようとする行為、よかれと思ってやってるその行為が却って理解を妨げていると、そうおっしゃるのですね。しかもこれは無意識にやっている癖だ。質の悪い《悪癖》だ。その悪い癖は直すことはできるのでしょうか?と問いたいところですが、私より13才も年上で、本もたくさん読んでらっしゃる竹熊先生ですら直すことができないのでこれは難しそうです。

とにかく俺の場合、頭の中に「絵」として浮かばない言葉ほど腹立たしいものはありません。

ええええ、激しく同意です。小難しいカタカナ語とか、「A:すなわちBのことである」「B:すなわちAのことである」なんて抽象的なものを抽象的なもので説明しようとする国語辞典など作り直せと思います。


数学が苦手だと語る竹熊さん。その中でも「虚数」がよくわからないといって、わからないながらに次のようなイメージをひねり出しました。

それで、「虚数」という日本語の字面から、勝手にイメージを思い浮かべるしかない。この場合、パッと思い浮かぶのは諸星大二郎の『 不安の立像 (ジャンプスーパーコミックス)』なんですけども。(−中略−)通勤電車で通うサラリーマンが、毎日、なぜか線路の脇に黒い人影を見るわけです。(−中略−)それで虚数と言ったときに、発作的に俺が思い浮かべてしまうのがこの「影」なんですよ。理由は、よくわからないんですが。イメージで。(−中略−)こういうわけのわからないものをビジュアル化させると、諸星先生は天才としかいいようがありませんね。

それは「虚数」っていうより「」ですね。竹熊さん、あまりにもわからないので「数」の存在を横に置きましたね? しかし、わけのわからないモノを形にして見せてくれる人はほんとに《天才》だと思います。《救い主》です。生きる《用語図解辞典》です。

どなたか数学の得意な方、虚数というものを俺にも分かるように「絵」にして教えてくださいませんか。あるいは、「たとえ話」にしてもいいですよ。

「たとえ話」にしてもいいですよ・・・あ、なるほど。私が映画の感想を書くとき異常に長くなるのは、抽象的な事柄をすべて具体的な言葉で説明しようとするからいけないんですね。しかも本来なら2字熟語で表せる概念を「たとえ話」で表そうとする、、、意味のよくわかってない熟語は自信がないので使えない、だから「たとえ話」に頼ろうとする。その結果、長くなる。しかも国語力がないから更にわけわかめになる。ということは2字熟語の使い方をたくさん覚えれば、かなりの量を短縮できると。。。(あれ?)


というわけで、来年の目標。


「熟語を学ぶ」


・・・小学生かい(汗)。なんか方向がずれてる気がするが、まあいいや。


来年もどうぞよろしく。