『日曜日は終わらない』舞台挨拶、岩松了×高橋陽一郎

土日は立ち見だったという本作も、月曜の朝はやはり厳しかった。といっても、15人ぐらいは来てたのでひと安心。本編上映後に林田義行氏の司会で舞台挨拶が行なわれた。ゲストは、脚本を担当した岩松了氏と高橋陽一監督。



監督曰く、元々本作は「中年男の理不尽な殺人」を描く予定だったとか(塚本晋也がキャスティングされてるのはそのため)。それが途中で、殺人を犯した青年とその周囲をとりまく人々の話に変わていき、岩松さんも遠い記憶をたぐり寄せながら「『走れメロス』みたいな、“果たせなかった約束を守る”みたいな話をやろうと思った」と話していた。


岩松さんに「『水の中の八月』と共通する部分の多い作品だったが、その点は意識されたのか」と問うと、本人は『水の中〜』のことを全く意識してなかったそうで*1、出来上がった作品を観て「こんな風になるのか」と大いにショックを受けたとか。監督の色というものが明確に存在することをこの作品で初めて意識させられたみたいなことも話していた。「岩松さんと仕事をする時はいつも、話を組み立てながら壊してゆく作業の繰り返しだ」と語る監督。今回も水橋研二が主演に決まった時点である方向が見えたのだが、それを一度壊して、散らばった部品の中から使えそうなものを拾い上げ、そこからまた組み立てていったという。


林由美香起用の理由を監督に問うと、主演の水橋研二とは『水の中の八月』でも組んで互いの演出・演技についての共通認識みたいなものが既に出来上がってると。だから、より強烈な個性、異物を彼にぶつけることでそこに緊張感を生み出したかった。彼自身、とてもくせのある(?)俳優なので、普通の女優じゃだめだろうと。それに見合う人材を探してた時に、井口昇監督*2の映画がアップリンクで上映されたので行ってみたら、たまたま井口監督と林由美香さんによるトークショーが行われていて、トーク中にも関わらず、皆を待たせて2,3分タバコを吸いにいったりする彼女の奔放さに惹かれ、すぐさま渋谷のマルハンパチンコタワーにいる岩松さんのもとへ連れて行ったそうだ。当時岩松さんは、マルハンパチンコタワー渋谷*3のにある喫茶室で台本を書いたり接客をしたりしていたそうで、そこに連れて行かれた由美香さんは、椅子に斜めに腰掛け、「こんなところがあるんだあ」と周囲をキョロキョロ見回し、岩松さんから見ると落ち着きのない人といった印象だったらしい。由美香さんに会ったのは後にも先にもこのとき1回きりだったそうで、その時に感じた彼女のイメージを元に“佐知子”という役を当て書きしていったそうだ(※こう書くと「佐知子って落ち着きのない役なの?」と思うかもしれないが、全然そんなことないです)。


劇場には由美香さんのお母さんも足を運んでくれたそうで、昨日も前列に座って鑑賞しながら「まるでそこに由美香がいるようだ」ととても喜んでくれたとか(素の由美香さんに近い部分が出てるらしい)。ただ、由美香さん自身はあまり見返したくない作品のようで、彼女にインタビューをしたことのある林田氏も「本作での演技にダメ出ししてた」と語っていた。


ほぼアドリブだという風俗店でのシーンについて問うと、実際にはアドリブじゃなくてちゃんと台本はあったと語る監督。ただ、思っていた以上に由美香さんがこちらの意図や場の状況をきっちりと酌んだ上で演技をしようとする人だったので、佐知子という役柄の奔放さや水橋君との間の緊張感がなくならないように、毎回演技を変えてもらい行動の裏の心理をわからなくするよう努めてもらったそうだ。


最後に由美香さんについての追悼メッセージをお願いすると、「高橋さんが彼女を起用してくれなければ、こうやって一緒に仕事をする機会もなかったんじゃないかと思う」と語る岩松さん。高橋監督は訃報を聞いた時に思い出したというあるエピソードを話してくれたのだが、上映後に聞かされると、本作での佐知子という存在と由美香さん自身が重なり非常にグッとくるものがあった。以下、若干作品のネタバレにもなるのでご注意を。


物語の終盤、主人公(水橋研二)がピンサロ嬢*4・佐知子(林由美香)の元を訪れ、果たせなかった約束を果たすエピソードが盛り込まれている。ひとしきり二人で遊んだあと、気づいたら佐知子が姿を消していたというというところでそのシーンは終わるのだが、台本段階ではきちっとお別れを言って二人は別れることになっていた。それを急遽監督が「突然いなくなっていた」という形に変えたらしい。由美香さん本人からも理由を訊かれたので、「その方が由美香さんらしいから」と答えると、彼女はそれを聞いてニコッと笑ったそうだ。その反応がとても印象に残ったらしく、突然の訃報にそのときのことがふと蘇ってきたらしい。



舞台挨拶の模様は撮影をしていたので、何かの折に見ることができるかもしれないです。最後の高橋監督の言葉は、言い回しが正確に再現できない分、文字だけだと薄れてしまうものがあり残念。金曜日に吉行由実さんと高橋監督のトークショーがあるので、その時にもう1回このエピソードを話してあげてほしいなあ。


*1:実際、監督は同じだが、このときの脚本は岩松了ではない。

*2:『日曜日は終わらない』にも出演している。

*3:シネ・ラ・セットのすぐそば。ブックファースト隣。

*4:やっぱりピンサロの方がしっくりくる。