行定勲特集トーク(前半)、行定勲×福本淳×森直人

昨年10月末に第14回TAMA CINEMA FORUMで行われた「行定勲監督特集」に行ってきました。内容は『ひまわり』『きょうのできごと』『世界の中心で、愛をさけぶ』の上映と、ゲストによるトークショー。以下、そのレポです。


世界の中心で、愛をさけぶ』上映前に、映画評論家森直人氏の司会進行によって行われた今回のトークショー。ゲストは、今日の主役である行定勲監督、『ひまわり』『きょうの〜』の撮影を務めた福本淳カメラマン*1、『セカチュウ』に出演してる長澤まさみちゃんの3人。ただし“行定特集”と言うこともあり、まさみちゃんは途中からの登場となった。


まず今回の特集上映について。映画祭で自分の特集が組まれるのは初めてだと語る行定監督は、そのことに感激しながら「今年は『きょうのできごと』『世界の中心で〜』の2本が公開されたのに、『世界の〜』ばかり注目されて『きょうの〜』はさっぱり…ってこともないですけど、あまり取り上げて貰えなかったので、昔の作品と共にこうやってたくさんの方に見て貰えてよかったです」とまずは観客に挨拶。


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司会の森直人氏が「『ひまわり』は行定監督初の劇場公開作ということで、言わばルーツのような作品だと思うが」と振ると、「今回『北の零年』という、時代も明治だし、出演者も自分より平均年齢が上のベテランばかり、という中で作品を撮ってみて、如何にこれまでの作品が、自分の体験、自分の知ってる風景や出来事に近づけて撮っていたかというのを思い知らされた」と語る行定監督。「『ひまわり』は監督のオリジナル脚本であり、自身の体験がベースとなっている作品ということだが」と問うと、「これを撮った29歳の頃、自分の周りでは既に8人もの同級生が亡くなっていた。にもかかわらず自分にとって「死」というモノがすごく遠くに感じられていて、友人が亡くなっても、しばらくすればそんなことも忘れすっかり日常の生活に戻っていた。この気持ちはなんなんだろうと思い、なんとかこれを映画に出来ないか」と考えていたときに「『月とキャベツ』みたいなのを作ってくれ」と言われて作ったのが『ひまわり』なんだそうだ。「だから原作は『月とキャベツ』ってことにしといてください」と冗談を言っては会場を笑わせていた。


『ひまわり』も『世界の〜』も共に回想シーンの比重が大きい。「好きなモチーフなのか?」と問われた監督、実はその昔、学校で或る先生から「回想シーンのある映画はダメだ。回想シーンを作る映画は“逃げ”だから作らないように」と言われたそうで、その時は「そうか。ダメなのか」と鵜呑みにしたが、直後に橋本忍(脚本)の『切腹』を観たら、回想シーンが現在シーンを完全に凌駕していたと。そこで再度先生に「なんで回想シーンがダメなのか。回想が現在に勝ってる映画もあるじゃないか」と尋ねてみると、「回想がダメなのは現在の裏付けになってるからだ」と説明され、「じゃあ、説明になってなければ回想シーンを作ってもいいんだな」と自己解釈したとか。「『月とキャベツ』のようなのを作ってくれ」と言われ二つ返事で引き受けた行定監督は、当時まだ『月と〜』を観ていなくて、「どんな映画だろ?」と思ったら(以下、ネタバレにつき反転)「幽霊の話」だった。そこで思い出したのが先の先生の話。「ここで、「幽霊」になった人物の説明をするのに回想シーンを用いるのは拙いんだな。逆に回想がすごく重要視される映画になっていれば回想を作ってもいいにちがいない」と思い立ち、以降、如何にしてうまく物語の中に回想シーンを盛り込むかということを意識しながら常に映画制作に取り組んできたそうだ。『きょうのできごと』という作品は、一見すると回想シーンはなさそうに見える。しかし、かわちくんが彼女とデートするシーンや、冒頭のサービスエリアのシーンみたいに時間順を入れ替えてるシーンなども、実は全て同じ発想から来ているとのこと。ただ、まだやり方が完成してないので「如何にしてうまく時間を入れ違えることができるかというのが、いま一番興味をもっていることだ」と語る行定監督であった。


司会の森さんが「『ひまわり』は映像でも話題になったけど撮影はどうでしたか」と問うと、「『ひまわり』を撮る直前、『タイムレスメロディ』*2という作品にカメラマンとして参加していたのだが、そこではほとんどがフィックス撮影。移動撮影等を提案しても全て否定され、それはそれで楽しかったけど、『ひまわり』では行定監督の言葉に刺激を受けつつ、やりたいことをメチャメチャやらせてもらった」と語る福本カメラマン。一方、福本氏をカメラマンに選んだ理由について、行定監督は次のように語っていた。デビュー作『OPEN HOUSE』*3を撮るにあたり、篠田昇カメラマンに撮影を依頼したが、出来上がった作品は完全なる「敗北」。「自分の演出力は負けてしまって、篠田昇の画だけが残った」そうで、このままでは全く太刀打ちできない、なんとか態勢を整えねばと思い、カメラマンとして独り立ちを果たしていた福本氏に協力を依頼したそうだ。行定監督はその昔、岩井俊二監督の助監督を務めており、福本カメラマンとは岩井作品の撮影現場で共に仕事をしてきた仲とのこと*4。行定監督に言わせると、撮影助手時代の福本さんは「篠田さんの要求することを完璧にこなすまでやり遂げるロボット」だったそうで、「そろそろいいかげんにしてくださいよ」と言いに行っても「もうちょっと。これが僕の仕事だから」と言っていつまでも終わらない。だから当時の行定監督は「この人にカメラなんか頼んだらいつまで経っても撮影が終わらない。絶対この人とは組みたくない」と思ってたらしい。何故そんな彼をパートナーに選んでしまったのかというと、福本氏の映画に対する姿勢を尊敬し信頼していたからだそうだ。例えば下っ端で働いてるときは、映画業界に対する不満など口をついていくらでも出てくるけど、ある程度責任が出てくるとなかなかそれを口に出す人がいなくなる。行き先の見えなくなってる人たちが多くいる映画業界で、「自分はいったい何が出来るのだろうということを常に野心的に考えていたのが福本さんだった。しかもネガティブな自分とは違い、福本さんは非常にポジティブに捉えてる。彼に脚本を見せて「面白い!」と言ったモノはほんとに面白いと思えたし、この人となら何か面白いモノが作れるんじゃないかと思った」と語る行定監督であった。
(関連記事:『ひまわり』行定勲監督インタビュー )


『きょうのできごと a day on the planet』は二人のコンビの中では最高作じゃないかと。トーンもいつもに比べ抑え目で、篠田氏から抜け出した感じもする」と司会の森さんが述べると、「これまでの作品は全て16ミリで撮ったものを35ミリにしてたが、『きょうのできごと』は最初から35ミリということで気合いも入ってた。でも監督には、普通の人々の出来事を普通に撮りたいという明確なビジョンが最初からあり、おかげで気負うことなく撮ることができた」と答える福本カメラマン。「原作のある作品だが、行定監督の世界が詰まってる」と森さんが振ると、行定監督は「僕は、例えばどっかの家でパーティしてて、みんなが帰り始める中、そこの家主夫婦が黙々と後かたづけをしてるのを見ちゃうと手伝ってしまう人間なんですよ。で、片づけも一段落してさあ帰ろうなんて思ってるときに、「あら、ぶどう洗ったのに」なんて出されると、終電がなくなるなあと思いつつも断れない。そのうち「泊まって行けば」なんて言われて、「ああ、俺泊まるんだあ」と思いながらいつの間にかソファに横になってるなんてことが若い時からよくあって、そうこうしてると夫婦は寝室へ行くわけで、そこで何やってるかわからないけど、横になりながら「こういうのってなんかシナリオになるな」と思って、そういった出来事をいくつもノートに書き溜めていたわけですね。でも映画を作ってると、そういう何気ないシーンはかったるいからカットしろとプロデューサーに言われる。でも俺はそれが撮りたくて撮ってるわけで。今の世の中は陰惨な映画が多く、プロデューサーもそういうドラマチックなものを期待してくる。でもそれは違うだろと。普段ならカットされるそんな何気ないシーンばかりを集めた作品があったっていいじゃないかと思っていたところ、たまたま『GO』が当たって、作るなら今しかないと思った」と熱く語っていた。ちなみに監督の頭の中には『きょうのできごと』をシリーズ化する構想もあるようで、「公開する時は「2」とか「3」とかつけず『きょうのできごと』というタイトルで上映するつもり。とりあえず次はベンツを買う40代の男の話を考えているので、お金を出してくれる人を募集してます(笑)」と話していた。また、篠田昇の存在についても触れ、「自分の中にも福本さんの中にも常に篠田昇という人がいる。二人で撮ってきた作品もずっと見てくれて、篠田さんが「面白い」って言ってくれるとすごく自信につながった。この人が自分たちをここまで導いてくれたような気がする」と故人を偲んでいた。


後半につづく


*1:福本氏の師匠は岩井俊二作品でお馴染みの撮影カメラマン、故・篠田昇氏。『世界の〜』は篠田氏の撮影によるが、福本氏も撮影助手として参加している。

*2:奥原浩志監督、青柳拓次市川実日子出演

*3:公開されたのは『GO』の後。完成から5年もかかった。

*4:福本氏が撮影助手を務めていた篠田昇氏は、『LOVE LETTER』『スワロウテイル』『四月物語』『花とアリス』など数々の岩井作品で撮影監督を務めている。