『死化粧師オロスコ』を観た(@アップリンクファクトリー)

1回限りの上映ということで観てきました。立ち見になるかもと思い早めに行ったけど、並んでたのは20人ぐらい。階段で待ってた時はものすごい蒸し暑くて倒れるかと思った。開場後は客が続々と押し寄せ、予想以上の立ち見大入り満員。開演時間も微妙に遅れる。客層は20代半ばから30代半ばの男女。これからライブでも始まるのかい?といった出で立ちのニイちゃんネエちゃんばかりで、黒髪率が異常に高かったです。キレイなおネエさんも多かった*1


映画の詳細は以下の通り。

『死化粧師オロスコ』 7/24(土)のみ


【監督・撮影】釣崎清隆【音楽】釣崎清隆/田中智典
【撮影協力】アルバロ・フェルナンデス・ボニージャ
84min/VTR/スペイン語/1999年
□上映館:アップリンク・ファクトリー(21:00〜レイトショー)


一人のコロンビア人老エンバーマー(死化粧師)、フロイラン・オロスコの仕事とその素顔を、死体写真家・釣崎清隆が三年間に渡る長期取材を敢行して撮り上げたドキュメンタリー映画。20世紀末の公開当時には、包み隠さぬ死体映像の数々と、日々それと対峙する男の人生を描写するといった過激な内容から“ショックメンタリー”と形容され話題となる


死化粧師オロスコ [DVD]

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エンバーマーには興味があったので即座に「観たい!」と思ったが、これを撮ったのが「死体写真家」だと知り、腰がひける。自分は“ホラー好き”だけど“死体好き”の人の気持ちだけは正直よくわからない(汗)。ホラー映画に登場するグロ遺体は所詮作り物って安心感と特撮スタッフの腕前を堪能するって好奇心で観てるから楽しめるが、本物の死体は作り物じゃなくて現実だからね。見ると大概鬱な気分になりしばし凹むので、ネットでもグロ画像は踏まないように気をつけてる。当然本作も死体好きの人向けに作られてたら間違いなく凹む映像のオンパレードなので、死化粧師オロスコにどの程度重きが置かれてるのか見極めるため、事前にネットで感想を漁ってみた。その結果、「これなら大丈夫」と自分にGOサインを出したわけだけど、それでも「夢に出ちゃったらどうしよう」とか「気持ち悪くなったらどうしよう」とかいろいろ覚悟して観に行ったわけです。


結論から言うと、そんな心配はまったくご無用なくらいの“職業ドキュメンタリー”だった。


映像的にはおそらくスゴイんだと思う。曖昧な言い方で申し訳ないけど、キモイとかグロイとかそういう感じがなかったんで正直よくわからない。自分自身の問題もあるかな。『ブラック・ジャック』が大好きで、子供の頃から医療系ドキュメンタリーは好んでよく見てたし、メスで切り裂かれ肉と歯根がモロ出しになった己の歯茎すら、医者に「見たい?」と問われ喜んで見せて貰ったような人間なんで、人体の手術シーンに対しては人より免疫と好奇心があるんだと思う。それから、親が釣り好きだったこともあり、子供の頃からよく魚をさばいていた。腹を裂いて、内臓を取り出し、水で血をキレイに洗い流した後のさっぱりした魚の姿に、妙な達成感を覚えたものだ。不謹慎な言い方だけど、ここで見せられてる死体解体シーンはそれらにとてもよく似てた。そのせいか、グロイと感じたのは冒頭の一瞬、最初の一刺しだけで、あとはまったく。ネットのグロ画像のように凹んだり鬱な気分になることもなければ、子供の時、水曜スペシャルで生身の腐乱死体を見せられた時のような恐怖感も無かった。見せられてるのは同じ死体なのに、この違いはなんなんだろう。


<見せ方>の問題は大きかったと思う。「死体写真家が撮る!」と聞いて抱いていたイメージとは異なり、出てくる遺体の数々は、コワイもの、気持ち悪いものとして扱われることなく、もっと身近で、顔だけ見てると肉親の遺体を見てる感覚に近いものだった。オロスコという人物は、職人気質な人で、一見ぶっきらぼうかつ大胆に見える死体の扱いも、要所要所で細やかな優しさを見せる。特に、女性と赤子の扱いはスマート。ああだこうだ愚痴りながらも、処理の終わった遺体に新しい洋服を着せたり、遺体を棺におさめて最後の仕上げをする際の手つきは、例えそこに魂はなくとも「人」としての扱いを感じさせる。また、解体してる場所が、風通しの良さそうな陽光差し込む明るい空間であったこと、音楽に陽気なサルサを使用していることも、陰湿な感じを遠ざけ、ほのぼのとした空気感を演出していたように思う。そのせいか、時折「死体コント」のような雰囲気すら感じさせる場面も。



エンバーミングとその作業工程については以下の通り。想像力豊かな人はお気を付けて。


エンバーミング(遺体保存)というのは、土葬の国では日常的に行われている作業らしく、主な目的は「葬儀まで腐敗を遅らせる」「伝染病等の感染症を防ぐための殺虫・消毒」「見た目をキレイに修復する(=死化粧)」の3点。一番のエンバーミング大国はアメリカ、次いで南米だそうだ。エンバーミングの歴史とプロセスについてはこちらが詳しいけど、舞台となった町は、南米コロンビアでも最も治安の悪い地域。1日に一人で5〜10体の遺体を処理しなければならず、あまり時間もかけられない。腕の悪いエンバーマーに当たると腐敗が早すぎ遺族とトラブルになることもしばしばだとか。


オロスコは、これまでに何万人もの死体に死化粧を施してきた、町で最長老のエンバーマーである。老体だが、作業は基本的に一人で行う。時間は30分ぐらい。横で遺族が見てることもある。運び込まれた遺体は、裸にされ、排水設備の整えられた台の上に仰向けに乗せられる。まず、胸から下腹部にかけてざっくりと腹を切り開き、内臓を全て取り出す。事故や殺人で亡くなった遺体は、検死解剖を済ませた後に送られてくるため、監察医が縫った傷口を再び広げて内臓を取り出す。監察医が横着者だと、取り出した脳みそを頭ではなくお腹に詰めこんできたりする。内臓を全て取り出したらうつぶせにし、体内に溜まった血を全て外に流し出したら、再び仰向けにして残った血を水でキレイに洗い流す。ここらへんは遺体を何度もひっくりかえすのでかなりの重労働。キレイになったお腹に内臓を収め直したら、ホルマリンがよく染み込むようハサミで細かく切り刻み、半瓶ほど振りかけ混ぜ合わす。布きれを上に敷き詰めたら、ミシン針のようなぶっとい針でお腹を縫合。キレイに身体を拭いたら、遺族が持ってきた洋服を着せる。女性ならストッキングも履かせるし、男性ならヒゲも剃る。鼻に綿、口に布を押し込み、顔形をふっくら整える。顔に傷があれば、肌色のテープを貼ってごまかす。丁寧にクシで髪をとかした後、棺に移し、死化粧を施して服装を整え、完成。遺族に引き渡される。


本作には他にもうひとり、オロスコより若く、腕のいいエンバーマーが登場する。彼は、「頭部の防腐処理なんて血を抜くだけで十分だ」と言うオロスコに、「私のやり方の方が長く保存できるし、お金にもなる」と自分のやり方を勧めていた。実際に腕前を披露してくれたのだが、彼のやってることは、土葬のためのエンバーミングというより、長期保存のため、人間の頭部を剥製にしているのに等しい。耳の後ろから頭部を切り裂き、頭部と顔面の皮膚を頭蓋骨から切り離したら、裏返しにして皮膚の裏側についた皮下脂肪をキレイに除去する。頭蓋骨を割って脳みそを取り除いたら、丸めた新聞紙を頭に詰めて形を整える。その上から、なめし革状態になったフェイス・マスクを再び被せ直しキレイに縫い合わせたら、鼻や口に綿を詰めて顔の凹凸を整え、化粧を施し完成。このなめし革状態になった顔面をむんずと掴みくるっと裏返しにした瞬間、会場内には「ひゃっ!」という悲鳴がいくつも上がる。本作一番のショックシーンは、意外にもオロスコではなく別のエンバーマーによってもたらされたのだ。作業自体はかなりエグイが、出来上がりは見事で、さっきまでの出来事(なめし革状態)が幻に思えるぐらい。


なめし革の人間なんてさぞや気色悪いだろうと思うでしょ? ところが、ここまで大胆にやられると、目の前にあるのが人間なのか作り物なのかを判断する前に思考回路がフリーズして、頭の中が「空白」になってしまうんだ。今年始めにも同じような感覚に陥ったことがある。国際フォラームで催されてた「人体の不思議展」、ここに飾られてる人たちを見てる時*2も、気持ち悪くはないんだけど、これを人間だと思って見てると頭の中が激しく葛藤し混乱の末「空白」になる。


この若いエンバーマーが処置した遺体は、かなり美人の娘さんだった。オロスコに比べたら、彼のやり方は手間がかかる分、料金も高め。それでも親御さんは、できるだけ長い間綺麗な状態を維持したくて彼に頼んだんじゃないかと思うんだけど、これはちょっとやりすぎに見える。死体なんて葬式までもたせればいいんじゃないのかと。彼は自分のやり方なら数ヶ月は保存可能だって自慢してたけど、家に飾っておくわけじゃないのにそこまで保存させる必要があるんだろうか。


見てると、この若いエンバーマーは仕事に対して非常に割り切ってるんだよね。処理方法だけじゃなく、死体の扱い方も。娘さんの頭部を縫い合わせた後に髪の毛をクシでとかすんだけど、髪の毛がひっかかってうまくとかせないのを力任せにぐいぐいやるもんだから、髪の毛がボロボロ抜け落ちて、床にたまってゆく。服を着せる時も、娘さんの肩口には抜け落ちた髪がこびりついてるのにそのまま。それが見ていてすごく気になった。不快だった。オロスコはそこらへん、すごく丁寧。床屋の主人が散髪後の客の首筋を丁寧に拭いてあげるみたいに、死体の身体から水や汚れを丁寧に拭き取ってあげる。クシの入れ方も丁寧。ぐいぐい引っ張ったりしない。だから彼が死化粧を施した遺体は、どれもさっぱりとリフレッシュしたような印象を受ける。若いのがオロスコに自分のやり方を勧めるのは、もちろんオロスコにそれをやれるだけの腕前があるからなんだと思う。彼のようにやればオロスコも今より収入が増えるだろう。数もそれほどこなさなくてもいいから、体力的にも楽になる。それでも、そちらに傾くことなく自分のやり方を貫くのは、オロスコが若い彼ほどエンバーミングという仕事を仕事として割り切れてないせいなんじゃないかなと思う。だから「やらない」、いや、「やれない」んじゃないかと。


オロスコは元軍人で、戦時中はユダヤ人の遺体を埋める仕事をしていたらしい。現在、彼が死化粧を施してきた遺体は、軍隊にいた頃に埋めてきた遺体の数を越えたという。1日に5〜10体の遺体を処置するのだから当然だろう。老人には重労働な仕事だが、休むことはない。内臓を患って入院・手術した時も、退院の翌日からすぐ仕事復帰した。その無理がたたって亡くなったという。釣崎氏は、他の仕事でコロンビアを離れてた時にその報せを受ける。亡くなったオロスコはエンバーミングされなかったそうだ。



「死体」ってなんなんですかねえ。ここまで近すぎるのもどうかと思うけど、少なくとも忌み怖がり遠ざけるものではないような気がしてきた。「死」に対する価値観は昔からぶれることなく定まってるけど、「死体」に関しては現在めまぐるしく揺さぶられ中。最終的にどこに着地するのやら。



『死化粧師オロスコ』、もしお近くで上映していたら、一度は勇気を出して観に行ってみてください。ちなみに今度DVDが発売されるそうです*3。販売元のサイトに行ったら、凹む死体画像満載でした(鬱)。やっぱ死体モノは好きになれん。


予告編

遺体が映るのは0:30から。いきなりショッキングなシーンが出てきたりはしないのでご安心を。最初は手足しか映りません。本格的に顔まで映るのは1:00過ぎの窓から室内を映す場面からです。



−追記(2005/9/23)−
10/1(土)、10/14(金)の2日間限定で『死化粧師オロスコ』が再び上映されます。場所は前回と同じアップリンクファクトリー。料金1800円で、釣崎監督のトークショー付きです。詳しくはこちらを参照。



【関連過去記事】








*1:そういえば『盲獣vs一寸法師』もキレイなおネエさんが多かった。おネエさんはグロイのがお好き?

*2:国際フォーラムには行けなかったので、実物は見てない。写真だけ。

*3:釣崎氏のサイトに詳細あり